アンナ・コムネナ

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アンナ・コムネナ
Άννα Κομνηνή
Anna Comnena profilsayfasi.jpg
アンナ。コムネナの想像図

全名 アンナ・コムネナ
称号 ケサリッサ(カイサル夫人)
出生 1083年12月1日
東ローマ帝国コンスタンティノープル
死去 1153年
東ローマ帝国コンスタンティノープル
配偶者 ニケフォロス・ブリュエンニオス
父親 アレクシオス1世コムネノス
母親 エイレーネー・ドゥーカイナ
宗教 正教会
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アンナ・コムネナギリシア語: Άννα Κομνηνή Anna Komnena, 1083年12月1日 - 1153年)は、東ローマ帝国コムネノス王朝の皇族、歴史家。コムネノス王朝の初代皇帝アレクシオス1世コムネノスと、有力貴族ドゥーカス家出身の皇后エイレーネー・ドゥーカイナの長女。中世ギリシャ語読みでは「アンナ・コムニニ」。

高度の教育を受け、宗教の書物の他、ホメロスヘロドトストゥキディデスアリストパネスらのギリシャ古典文学を愛読、神話地理学歴史学修辞学弁証学プラトン及びアリストテレス哲学に深い知識をもった。

1097年、マケドニア地方の名門軍事貴族出身のニケフォロス・ブリュエンニオスw:Nikephoros Bryennios the Younger)と結婚した。1118年に父が死去すると、後継者である実弟ヨハネス2世コムネノスを暗殺し、夫を代わりに即位させようとしたが失敗。この際弟ヨハネスは姉に対して寛大な処置を取ったため「カロヨハネス(心美しきヨハネス)」と呼ばれるようになる。隠棲したアンナは母エイレーネーが隠遁していた修道院に入り、夫ニケフォロスが書いていた伝記『アレクシアス(アレクシオス1世伝)英語版ギリシア語版』(ギリシア語: Ἀλεξιάς)を夫の没後引き継ぎ、完成させた。

関連書籍[編集]

  • アンナ・コムニニ(アンナ・コムネナ)『アレクシアス』井上浩一(解説)、相野洋三訳、悠書館、2019年。ISBN 978-4-86582-040-9
  • 「緋色の皇女アンナ」 トレーシー・バレット著、山内智恵子訳 - アンナの半生を描く歴史小説。徳間書店、2001年刊行。