アンソニー・アームストロング=ジョーンズ (初代スノードン伯爵)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
アンソニー・アームストロング=ジョーンズ
Antony Armstrong-Jones
スノードン伯爵
Antony Armstrong-Jones 1965.jpg
1965年撮影
全名 アンソニー・チャールズ・ロバート・アームストロング=ジョーンズ
出生 1930年5月7日(85歳)
イングランドの旗 イングランドロンドン
配偶者 スノードン伯爵夫人マーガレット王女
  Lucy Mary Lindsay-Hogg
子女 デイヴィッド(マーガレットとの子)
サラ(マーガレットとの子)
フランシス(Maryとの子)
ウィリアムMelanie Cable-Alexanderとの子、私生児)
父親 ロナルド・アームストロング=ジョーンズ
母親 アン・アームストロング=ジョーンズ
テンプレートを表示

アンソニー・アームストロング=ジョーンズ(Antony Charles Robert Armstrong-Jones, 1st Earl of Snowdon、 1930年5月7日 - )は、イギリス写真家。イギリス国王ジョージ6世の次女マーガレット王女の夫。

略歴[編集]

弁護士ロナルド・アームストロング=ジョーンズen)とその妻アン(en)の間の一人息子として生まれる。父方の祖父は精神科医内科医ロバート・アームストロング=ジョーンズen)、曽祖父はウェールズの教育学者Owen Roberts、母方の曽祖父は漫画家のEdward Linley Sambourne、大々叔父は建築家のAlfred Messel

両親は、アンソニーが幼い時に離婚した。学童期にポリオを患い、半年間Liverpool Infirmaryに入院する。ケンブリッジ大学イートン校、のちにジーザス校に通い、建築を学ぶが、卒業試験は合格しなかった。大学ではボートクラブに在籍し、1950年オックスフォード大学との対抗戦では舵手としてクラブを勝利に導いている。

写真家として[編集]

大学を出て後は、写真家としてのキャリアを積み重ねる。1957年には、女王エリザベス2世カナダ訪問に公式に随行した。

1960年代にはサンデー・タイムズの芸術監修をつとめ、1970年代には英国一のカメラマンとの評価が固まる。その作品ジャンルはファッションからドキュメンタリーなど多岐にわたったが、特に世界の著名人を映した作品群が有名になる。作品はヴォーグヴァニティ・フェアデイリー・テレグラフなどに多数掲載された。2001年には、ナショナル・ポートレート・ギャラリーで回顧展が開かれる。

また、空間構成の監修も行った。主な作品として、Frank NewbyCedric Priceロンドン動物園の鳥小屋などである。1969年には、義甥のチャールズ王太子ウェールズ大公叙爵の式典の統括も行った。

結婚生活[編集]

アメリカ合衆国を訪問し、ホワイトハウスでジョンソン大統領夫妻の歓迎を受ける王女夫妻。左から、スノードン伯、マーガレット王女、レディバード大統領夫人ジョンソン大統領(1965年11月17日)

1960年2月にエリザベス2世の妹マーガレット王女と出会い、5月6日ウエストミンスター寺院で挙式。ケンジントン宮殿の一室に居を構えた。

アンソニーはハノーヴァー朝以降の王族の配偶者としては初の爵位とは無縁の一平民だったが、王女との釣り合い上婚儀に際しスノードン伯爵に叙せられた。イギリスでは女性の一世王族(父が王または母が女王である王女)は結婚した後もそのまま王族としての身位を失わずに王室に留まる。変わるのは正式称号で、結婚後は基本的に「誰々の夫人」であることを示す文言がその一部となる。その場合配偶者であるアンソニーが平民だと、マーガレットの正式称号は「アームストロング=ジョーンズ令夫人マーガレット王女殿下」となり、これは当時としては不釣り合いなものだと考えられていた。そこで結婚と同時にアンソニーをスノードン伯爵に叙して、マーガレットの正式称号が「スノードン伯爵夫人マーガレット王女殿下」となるよう計らったのである。

アンソニーはマーガレット王女との間には1男1女を儲けている。

二人の結婚生活は早いうちから破綻をきたしていた。王女は結婚前に恋愛関係にあったピーター・タウンゼント空軍大佐との破局に傷心しており、アンソニーとの短期間での結婚もその衝動的なリバウンドだった。結婚後もアンソニーは本業の都合で留守にすることが多かったため、やがて王女は深夜までパーティーを繰り返すようになり、一方のアンソニーも乱れた性生活をおくった。両者ともにあからさまな行動だっために、アンソニーの同性愛疑惑とも相まって、ゴシップの格好の標的になった。更に両者の友人の暴露も相次いで、不倫報道は別居後も続いた。1978年に正式離婚。

アンソニーはその年の内に映像ディレクターのマイケル・リンゼイ=ホッグ準男爵の元妻・ルーシーと再婚し、1女を儲けた。

  • レディー・フランシス・フォン・ホフマンスタール(1979年7月17日 - )- ロドルフ・フォン・ホフマンスタール夫人

アンソニーにはこの他にも1976年以降半ば公然の愛人としてジャーナリストのアン・ヒルズおり、その関係は1996年の大晦日にアンが自殺を遂げるまで続いた。その後2000年になってアンソニーには『Country Life』誌英語版の編集者メラニー・ケーブル=アレグザンダーとの間に2歳になる隠し子がいることを暴露されるに至って、ついにルーシーと離婚した。

  • ジャスパー・ケーブル=アレグザンダー(1998年4月30日 - )
アンソニー・アームストロング=ジョーンズ (初代スノードン伯爵)

1930年5月7日 - 存命中

爵位
先代:
イギリスの旗 スノードン伯爵
1960年 -
次代:
デイヴィッド・アームストロング=ジョーンズ
(法定推定相続人)