アマチュア無線の日

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アマチュア無線 > アマチュア無線の日

アマチュア無線の日(アマチュアむせんのひ)とは、太平洋戦争勃発と共に禁止されたアマチュア無線の再開の記念日で、毎年7月29日である。

制度化から禁止まで[編集]

無線に関する日本で最初の法律「電信法[1]は『無線電信および無線電話を政府管掌』[2][3]とし、無線施設の私設(法人や個人による開設)を認めなかった。いわゆるアマチュア無線が法規上で制度化されたのは1915年(大正4年)になってからである。

1915年(大正4年)11月1日に施行された「無線電信法[4]の第2条第5号で、逓信大臣の許可により無線実験施設の私設(法人や個人による開設)が可能になった。具体的には同時に施行された私設無線電信規則[5]第2条で『無線電信法第二條第五号に依り施設する私設無線電信は無線電信の学術研究 又は機器に関する実験に供するものに限る』と定めている。

そして私設無線電信通信従事者資格検定規則[6]の第1条で、無線電信法第2条第5号の実験施設の操作には第三級の私設無線電信通信従事者資格を求めたが、同時に私設無線電信規則の第15条で『無線電信法第二条第五号に依り施設したる私設無線電信の通信従事者にして特に逓信大臣の認可を得たる場合は此の限に在らず』とし資格取得を免除するとした。

無線電信法第2条第5号による実験施設には当初、固有の名称を定めていなかったが、1934年(昭和9年)1月に施行された私設無線電信無線電話規則の第3条で『実験用私設無線電信無線電話』という語が与えられている[7]。1941年(昭和16年)には実験用私設無線電信無線電話の施設は300を越えていたが、同年12月8日の太平洋戦争の開戦と同時に禁止された[8]

再開と記念日の制定[編集]

1945年(昭和20年)8月15日、戦争は終わった。そして1950年(昭和25年)に施行された電波法のもとに、1952年(昭和27年)7月29日にアマチュア局予備免許が全国の30人に発給された。1973年(昭和48年)、日本アマチュア無線連盟がこの7月29日をアマチュア無線の日として制定した。

この他にアマチュア無線関係の記念日としては、1925年(大正14年)の国際アマチュア無線連合(IARU)の設立を記念した「世界アマチュア無線の日」の4月18日がある。

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 明治33年 法律第59号(『官報』第5007号 明治33年3月14日 pp210-212)
  2. ^ 明治33年 逓信省令第77号(1900年10月10日)
    「電信法を(私設を除き)無線電信に準用」
  3. ^ 大正3年 逓信省令第13号(1914年5月12日)
    「電信法を(私設を除き)無線電話に準用」
  4. ^ 大正4年 法律第26号(『官報』第865号 大正4年6月21日 pp9-11)
  5. ^ 大正4年 逓信省令第46号(1915年10月26日公布、同11月1日施行)
  6. ^ 大正4年 逓信省令第48号(1915年10月26日公布、同11月1日施行)
  7. ^ 戦後になると、一部で「私設無線電信無線電話実験局」という語が使われたが、これは単なる通称である。
  8. ^ 小林幸雄 「日本アマチュア無線史(28)」 郵政省電波監理局編 『電波時報』 1963年4月号 電波振興会 p49