位相偏移変調

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位相偏移変調(いそうへんいへんちょう)もしくは位相シフトキーイング英語: phase-shift keying, PSK)は、基準信号搬送波)の位相変調または変化させることによって、データを伝達する、デジタル変調である。

概要[編集]

デジタル変調においては、デジタルデータを表現するために有限個の異なる信号を使う。 PSKでは有限個の特有な位相が使われ、一つの位相に複数のビットが割り当てられる。 通常、それぞれの位相は等しい数のビットを符号化する。 位相に割り当てられる各々のビットパターンをシンボルと呼ぶ。 復調器は、変調において使用されたシンボルセットに合わせてに設計され、まず、受信信号の位相を明らかにし、次に位相を対応するシンボルへマッピングすることで変調前の元データを取り戻す。 これは、受信信号の位相を基準信号と比較可能なことを受信機に要求する、そのようなシステムをcoherent phase-shift keying (CPSK)と呼ぶ。

また、波の位相を「決定」するためにビットパターンを使う代わりに、指定された量を変えて使う事ができる。 復調器は、受信信号から位相それ自体でなく、受信信号の位相の変化を確認する。 この仕組みは連続した位相の違いに依存するので、差動(差分)位相偏移変調(DPSK)と呼ばれる。 DPSKは、受信信号(ノンコヒーレント)の正確な位相を決定するために、基準信号のコピーを受信器が持っている必要がないため、通常のPSKよりもかなり実行しやすい。 そのかわり、DPSKは復調時の誤りを生じやすい。 考慮している特定のシナリオの正確な条件は、どの仕組みが使用されるか決める。

序論[編集]

デジタル信号の伝送で使用される、主なデジタル変調技術は、次の三種類である。

全て、データ信号に応じて、基準信号、搬送波(通常シヌソイド)の一部の特性を変化させることによってデータを伝送する。 PSKの場合、データ信号を表すために位相を変化させる。 この様にPSKで信号の位相を利用するためには、以下の二つの方法がある。

  • 情報を伝達する信号の位相自体を見る方法。この場合、復調器は受信信号の位相を比較する基準信号を持たなければならない。
  • 情報を伝達する信号の位相の「変化」を見る方法。すなわち、位相の差を判断する。この方式の一部の構成では、基準搬送波を必要としない。

PSKを表現する便利な方法に、信号空間ダイヤグラムがある。 これは、同相の信号を実数軸に、直角位相の信号を虚数軸にとったガウス平面上に信号点を示す方法である。 垂直な軸におけるそのような表現は、簡単な実現に適している。 同相軸に沿ったそれぞれの信号点の振幅はコサイン(またはサイン)波を変調し、さらに直角位相軸に沿った振幅はサイン(またはコサイン)波を変調する。

PSKでは、選ばれる信号点は、通常円のまわりに、均一の角度間隔で配置される。 これにより、隣接点間の位相距離を最大にし、干渉に対する耐性を最大にする。 それらの点は全て同一のエネルギーで送信が可能であるように、上に配置される。 この方法によって、それらが表す複素数のノルムは等しくなり、コサインとサイン波に必要となる振幅も同じになる。 いくつの位相を用いても良いが、一般的な例として、二つの位相を使用する、二位相偏移変調や、4つの位相を使用する四位相偏移変調が存在する。 伝達されるデータは通常バイナリであるので、PSKは通常、2の累乗である信号点の数で設計される。

定義[編集]

誤り率を数学的に計算するためには、いくつかの定義が必要となる:

  • = 1ビットあたりのエネルギー
  • = 1シンボルあたりのエネルギー = 1シンボルあたりkビットのエネルギー
  • = ビット間隔
  • = シンボル間隔
  • = ノイズ電力スペクトル密度( W / Hz )
  • = 符号誤り率
  • = シンボル誤り率

.

Q(x)は、平均がゼロ、分散が1となるガウスの確率密度関数でランダムな過程から得られた単一のサンプルがx以上である確率である。 それは相補ガウスエラー関数の規格化された形である。 ここで示した誤り率は加算性白色ガウス雑音(AWGN)のものである。 この誤り率はフェーディングのものよりは低く、理論的な比較に適している。

用途[編集]

比較対象として挙げられるQAMと比較すると、PSKはその単純さのため、既存の技術を用いて広く利用されている。

最も一般的な無線LAN規格IEEE 802.11b[1][2]は、要求されるデータ転送速度に応じて、様々なPSKを組み合わせて利用している。

1Mbit/sの基本速度では、DBPSKを使用し、拡張された2Mbit/sの速度では、DQPSKが使われ、5.5 Mbit/s と11Mbit/sのフルレートでは、QPSKが利用される。このとき、CCKも併用される。

高速無線LAN規格IEEE 802.11g[1][3]では、6, 9, 12, 18, 24, 36, 48 そして 54 Mbit/sの8つのデータ転送速度を持つ。6、9Mbit/sのモードではBPSKが、12、18Mbit/sのモードではQPSKが、残りの4つの高速なモードでは、QAMが利用される。

その単純さのため、BPSKは低コストの受動的な送信機に利用され、ISO14443を満たすRFIDに利用されている。このRFIDは、生体認証パスポートクレジットカードやその他の用途に利用されている。

Bluetooth2は、低いレート(2 Mbit/s)ではπ / 4-DQPSKが、2台の装置のリンクが十分に強いとき高いレート(3 Mbit/s)では8-DPSKが使われる。Bluetooth1は、ガウス最小偏移変調で変調され、バージョン2では、どちらの変調方式を選択するかにより、より高速の転送速度を出すことができる。

二位相偏移変調 (BPSK)[編集]

BPSK(英語: binary phase-shift keying)はPSKで最も単純な形式である。 これは180°分離された2つの位相を使い、「2-PSK」とも呼ばれる。 信号点がどこに置かれるかは必ずしも特に重要ではなく、そしてこの形ではそれらは実軸において0°と180°に示される。 この方式は、誤った内容に復号されるには、致命的なほどの妨害波が必要であるため、全てのPSKの中で最も強力なものである。しかし、図にあるように1シンボルあたり1ビットのみの変調が可能であるため、帯域幅が限定されている場合高速のデータ転送には不適切である。


AWGN環境下におけるBPSKの符号誤り率(BER)を示すと以下のとおりになる:

1シンボルにつき1ビットだけなので、これはシンボル誤り率(SER)でもある。

通信伝送路よってもたらされる任意の位相シフトがある状態で、復調器はどの信号点がどれかを伝えることができない。 そのため、データは変調前にしばしば特異的に符号化される。

計算[編集]

バイナリデータは、以下の信号でしばしば伝達される:

バイナリ"0"を示す。
バイナリ"1"を示す。 搬送波周波数

従って、信号スペース(signal space)は一つの基底関数によって表すことができる。

1はによって表現され、0はによって表現される。 この割り当てはもちろん、任意である。


四位相偏移変調 (QPSK)[編集]

QPSKの信号空間ダイヤグラム。隣のシンボルと1ビットだけ異なる。

quaternary または quadriphase PSK、 4-PSK、4-QAMとも言われる[4]。 QPSKは信号空間ダイヤグラムで4点使用し、円状に配置される。 4段階の位相を用いて、QPSKは1シンボルにつき2ビットを符号化することができる。さらにグレイ符号を用いて符号誤り率を小さくできる。 QPSKのビット誤り率は、BPSKと同じになる

しかしながら、BPSKと同じビット誤り率を達成するためには、電力を2倍必要とする。(2ビットが同時に送られるため) シンボル誤り率は次のように与えられる:

.

もし、信号対雑音比が高い(実用的なQPSKシステムのために必要であるような)ならば、シンボル誤り率は次のように近似される:

差動(差分)位相偏移変調 (DPSK)[編集]

差動符号化[編集]

差動位相偏移変調(DPSK)は搬送波の位相を変更することでデータを伝達する一般的な形式の位相変調である。BPSKとQPSKで説明したように信号が通過する通信路で何らかの効果によりコンステレーションが回転すると位相が不明確になる。この問題はデータを使用して位相を「設定」するのではなく「変更」することで解決することができる。

例えば、差動符号化されたBPSKでは、現在の位相に180°を加えることでバイナリ"1"を送信でき、0°を加えることで"0"を送信できるSDPSK。DPSKの変形は対称差動位相偏移変調(SDPSK)であり、この場合、"1"の場合は+90°、"0"の場合は−90°である。

差動符号化されたQPSK(DQPSK)では、位相シフトは0°、90°、180°、−90°でありデータ"00"、"01"、"11"、"10"に対応する。この種の符号化は非差動PSKと場合と同じ方法で復調できるが、位相のあいまいさは無視できる。したがって、各受信符号はコンステレーションのM点の1つに復調され、コンパレータはこの受信信号と前の信号との間の位相差を計算する。差は上記のようにデータを符号化する。対称差動四位相偏移変調(SDQPSK)はDQPSKに似ているが、符号が対称的であり、位相シフト値は−135°, −45°, +45°,+135°である。

上記のDBPSKとDQPSKの両方の変調信号を以下に示す。この図では「信号が0位相で始まる」と仮定されており、で両方の信号に位相シフトがある。

DBPSKとDQPSKのタイミング図。バイナリデータストリームはDBPSK信号の上にある。DBPSK信号の個々のビットはペアにまとめられDQPSK信号となり、Ts = 2Tbごとのみ変化する。

解析により、差動符号化は通常の-PSKと比較してエラー率が約2倍になるが、これはを少し増やすだけで解決できる可能性がある。さらに、この解析(および以下のグラフ結果)は改悪が加算性白色ガウス雑音(AWGN)のみであるシステムに基づいている。しかし、通信システムの送信機と受信機の間の物理チャネルもある。このチャネルは一般的にPSK信号に未知の位相シフトを導入する。これらの場合、微分スキームは正確な位相情報に依存する通常のスキームよりも「優れた」エラー率を生み出すことがある。

DPSKの最も一般的な応用の1つは-DQPSKと8-DPSKが実装されたBluetooth規格である。

復調[編集]

グレイ符号及びホワイトノイズで動作している時のDBPSK、DQPSKおよびそれらのnon-differential formsのBERの比較。

差分符号化された信号の場合、復調の明白な代替方法がある。通常のように復調しキャリア位相のあいまいさを無視する代わりに、2つの連続する受信符号間の位相が比較され、データが何でなくてはならなかったのかを決定するために使用される。この方法で差分符号化が使用される場合、このスキームは差動位相偏移変調(DPSK)と呼ばれる。これは受信時に受信符号が1つずつコンステレーション点に復号されるのではなく直接互いに比較されるため、単に差動符号化されたPSKと微妙に異なることに注意。

受信符号をk番目のタイムスロットで呼び出し、位相をにする。一般性を失うことなく搬送波の位相が0であると仮定する。加算性白色ガウス雑音(AWGN)項をとして示すと、次式

となる。(k-1)番目の符号とk番目の符号の決定変数はの位相差である。つまり、に投影されると、結果として複素数の位相が得られる。

上付きの*は複素共役を表す。ノイズがない場合、この位相はであり、送信されたデータを決定するために使用できる2つの受信信号の間の位相シフトである。

DPSKのエラーの確率は、一般に計算が困難であるがDBPSKの場合は次のようになる。

[5]

数値で評価すると、特にの値が高い場合に、通常のBPSKよりわずかに悪いだけである。

DPSKを使用すると、複雑かもしれないキャリア回復スキームにより正確な位相推定を行う必要がなくなり、通常のPSKの魅力的な代替手段となる。

光通信では、データを差動方式でレーザーの位相に変調できる。変調は連続波を放出するレーザーと、電気バイナリデータを受信するマッハ・ツェンダー干渉計である。BPSKの場合、レーザーはバイナリの'1'のフィールドを変更せずに送信し、'0'の極性は逆にする。復調器は1ビットを遅延させる遅延干渉計英語版で構成されているため、2ビットを同時に比較できる。その後の処理では、フォトダイオードを使用して光学場を電流に変換し、情報を元の状態に戻る。

右のグラフではDBPSKとDQPSKのビット誤り率を差動ではないものと比較している。DBPSKを使用することによる損失はBPSKを使用する通信システムでしばしば使用される複雑さの低減と比較して十分小さい。ただしDQPSKの場合、通常のQPSKと比較して動作の損失が大きく、システム設計者はこれと複雑さの低減とのバランスをとる必要がある。

例: 差動符号化BPSK[編集]

Differential encoding/decoding system diagram

k番目のタイムスロットで変調されるビット、差動符号化ビット、結果得られる変調信号を呼び出す。コンステレーション図は符号を±1(BPSKでは)に配置すると仮定する。差動符号化器は以下を生成する。

二進法またはモジュロ2の加算を示す。

BPSKとホワイトノイズで動作するグレイコーディングを使用した差動符号化BPSKのBER比較。

そのため、はバイナリ"1"である場合、は状態を変更するだけである(バイナリ"0"からバイナリ"1"に、またはバイナリ"1"からバイナリ"0"に)。それ以外の場合は以前の状態のままである。これが上記の差動符号化BPSKの説明である。

受信信号は復調され、が生成され、差分復号器が符号化手順を逆にして

を生成する(バイナリ減算はバイナリ加算と同じであるため)。

したがって、が異なる場合であり、同じ場合である。したがって、が「反転」していてもは正しく復号される。よって180°の位相のあいまいさは問題にならない。

他のPSK変調の差動スキームも同様の方法で考案できる。DPSKの波形は2つのスキーム間の唯一の変更が受信器で行われるため、上記で与えられた差動符号化PSKの波形と同じである。

この例のBER曲線は右側で通常のBPSKと比較される。上で述べたように、エラー率はおよそ2倍になるが、これを解決するためにに必要な増加量はわずかである。しかし、符号化システムの差動変調を乗り切るために必要なの増加は大きく、通常は約3 dBである。動作の低下は非コヒーレント伝送の結果である。この場合は位相の追跡が完全に無視されていることを示す。

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b IEEE Std 802.11-1999: Wireless LAN Medium Access Control (MAC) and Physical Layer (PHY) Specifications — the overarching IEEE 802.11 specification.
  2. ^ IEEE Std 802.11b-1999 (R2003) — the IEEE 802.11b specification.
  3. ^ IEEE Std 802.11g-2003 — the IEEE 802.11g specification.
  4. ^ 4-QAMとQPSKは概念が異なるが、変調構成は結果として同じとなる
  5. ^ G.L. Stüber, “Soft Decision Direct-Sequence DPSK Receivers,” IEEE Transactions on Vehicular Technology, vol. 37, no. 3, pp. 151–157, August 1988.