アッピウス・クラウディウス・カエクス

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アッピウス・クラウディウス・カエクス
Appius Claudius Caecus
(Ap. Claudius C. f. Ap. n. Caecus)
Corpus Inscriptionum Latinarum(碑文)に刻まれたアッピウスの経歴
出生 紀元前340年
死没 紀元前273年
出身階級 パトリキ
氏族 クラウディウス氏族
官職 アエディリス(紀元前313年)
ケンソル(紀元前312年)
執政官(紀元前307年、296年)
プラエトル(紀元前295年、不明)
独裁官(紀元前285年)
後継者 ガイウス・クラウディウス・ケント
ティベリウス・クラウディウス・ネロ
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アッピウス・クラウディウス・カエクスラテン語: Appius Claudius Caecus紀元前340年 - 紀元前273年)は、共和政ローマ期の政治家。パトリキであるクラウディウス氏族の出身。二つ名の「カエクス」は「盲目」の意である。

略歴[編集]

アッピア街道
アッピア水道

アッピウスは、第二次サムニウム戦争中の紀元前312年ケンソルに就任した。彼は下層階級の支持を得るために、いくつかの政策を打ち出した。まず、解放奴隷の息子をローマ市民とし、彼らが元老院に入れるようにした。さらに、土地を所有しないものにも各種の役職を選出するための投票権を与えた。これらの政策は下層階級の不満を抑制し、戦争遂行のために必要な税金や労役を、彼らに負担させることが可能になった。また、彼は戦争中にラティウムカンパニアコロニーを創設し、植民を推進した。これはサムニウムエトルリアに対する防衛線の強化につながった。

紀元前307年には執政官を務め、紀元前296年の二度目の執政官就任時にはエトルリアと戦い、翌年はプラエトルとして新執政官と交代するまで引き続き戦線を担当した。また、紀元前285年には独裁官となっている。

アッピウスの経歴が刻まれた碑文によると、歴任した官職はケンソル一回、執政官二回、独裁官一回、インテルレクス三回、プラエトル二回、アエディリス二回、クァエストル一回、トリブヌス・ミリトゥム三回と、堂々たる経歴である。

更に彼の業績としては、ローマ帝国における全ての街道の模範であり「街道の女王」と称された、アッピア街道の敷設が挙げられる。また、彼はローマ初の上水道であるアッピア水道をも建設し、「インフラの父」と呼ばれるローマ人の中でも特筆されるべき偉大な人物といえる。

逸話[編集]

このように故国に多大な貢献を果たしたアッピウスではあるが、反面、執政官を選出するインテルレクスとしては、プレブスを執政官職に就ける事に猛反対していたという。

晩年には、「カエクス」(ラテン語で盲目の意)という二つ名がつけられたが、これには長年の労苦からという説と、ヘラクレスの祭司を買収して秘儀を明らかにしようとしたため呪いを受けたからという説がある。

紀元前280年より始まったエペイロスピュロスとの戦争(ピュロス戦争)で苦戦していたローマは二度の会戦で大敗を喫し、元老院はピュロスの提示する講和条件の受諾に傾いた。そこへ、既に引退していた盲目のアッピウスが久しぶりに登院し、並み居る議員達を叱り付けて、こう言ったという。「ピュロスがイタリア半島からまず退去することが講和の大前提であり、庭先に踏み込んで居座っている者など交渉の相手にはなり得ない」

この叱責によって元老院の空気は一変し、ローマは粘り強く戦い続け、最終的にベネウェントゥムの戦いでピュロスと引き分けに持ち込み、イタリア半島から撤退させた。奇しくもこのベネウェントゥムの戦いを指揮したのは、アッピウスがその就任に強硬に反対していたプレブス出身のデンタトゥスであった。

リウィウスの伝えるこのエピソードはその後「講和は勝利した場合に行い、敗北した場合は結ばない」というローマの伝統の元になったというが、信憑性は低いという指摘もある。

参考文献[編集]

  • T. R. S. Broughton (1951, 1986). The Magistrates of the Roman Republic Vol.1. American Philological Association. 
  • 松原俊文(訳) 『史料翻訳ローマ共和制偉人伝』 地中海研究所紀要、2006.03)。邦訳[1]解題[2][3]

関連項目[編集]


公職
先代:
プブリウス・デキウス・ムス
クィントゥス・ファビウス・マクシムス・ルリアヌス
ローマ執政官(コンスル)
紀元前307年
同僚
ルキウス・ウォルムニウス・フランマ・ウィオレンス
次代:
クィントゥス・マルキウス・トレムルス
プブリウス・コルネリウス・アルウィナ
公職
先代:
クィントゥス・ファビウス・マクシムス・ルリアヌス
プブリウス・デキウス・ムス
ローマ執政官(コンスル)
紀元前296年
同僚
ルキウス・ウォルムニウス・フランマ・ウィオレンス
次代:
クィントゥス・ファビウス・マクシムス・ルリアヌス
プブリウス・デキウス・ムス