じょう姫

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本来の表記は「穠姫」です。この記事に付けられた題名は技術的な制限または記事名の制約により不正確なものとなっています。

穠姫(じょうひめ、寛政4年(1792年) - 文政3年(1820年))は、阿波徳島藩第12代藩主・蜂須賀斉昌正室。またの名は文姫。父は近江彦根藩第13代藩主・井伊直中。母は正室で南部利正の娘・親光院。

兄弟には井伊直清井伊直亮井伊中顕中川久教内藤政成松平勝権新野親良井伊直元横地義之内藤政優井伊直弼内藤政義などがいる。徳島藩第11代藩主・蜂須賀治昭の正室・俊姫は伯母にあたる。

生涯[編集]

近江彦根藩主・井伊直中と正室・親光院(親姫)の長女として生まれる。後に阿波徳島藩主・蜂須賀斉昌に嫁ぐ。

文政3年(1820年)、没する。墓所は徳島県徳島市万年山墓所に埋葬される。また、夫である斉昌は、文政4年(1821年)に 鷹司政熙の娘・ 鷹司并子を継室に迎えた。

参考文献[編集]

  • 『井伊家譜』
  • 『井伊年譜』

外部リンク[編集]