黒いオーケストラ

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黒いオーケストラ(くろいオーケストラ、ドイツ語: Schwarze Kapelle)は、ナチス・ドイツ時代にドイツ国防軍の将校を中心とした反ヒトラーグループに対してゲシュタポが名付けた名称。日本で出版された書籍の中には「黒い楽団」又は「黒い礼拝堂」と訳したものもある。

概要

1933年ヒトラー内閣成立以降、政財界や国防軍にもナチス党の支持者が増加し、ヒトラーの独裁体制を支えていた。しかし、ルートヴィヒ・ベック上級大将を始めとする、プロイセン王国陸軍以来の伝統を重視する陸軍の一部将校はヒトラーに対して批判的であった。

1938年ズデーテン危機以降、ヒトラーが冒険的な対外政策を強めると、彼らはヒトラーを排除して新政府の樹立を考えるようになった。以降、たびたび彼らはヒトラーの暗殺を計画するがその全ては未遂・失敗に終わった。

一方、ゲシュタポなどナチス当局側も、ヒトラー政権に対する何らかの抵抗運動がいずれ起こり得る事、大戦勃発後にはそれらの抵抗運動を撲滅する必要が生じる事を確信し、監視の目を光らせていた。1941年には反ナチス・反ヒトラーグループの存在を察知し、捜査を開始するようになった。

1944年7月20日総統大本営ヴォルフスシャンツェ」においてヒトラーを爆殺し、クーデターを起こして政権を掌握する計画が実行された。しかし、ヒトラーは軽傷で生き残り、クーデターも失敗に終わった。メンバーは次々に捕らえられ、その大部分はローラント・フライスラーの主宰する人民法廷で死刑宣告を受けて処刑され、組織は壊滅した。

戦後になると彼らは反ナチス運動の英雄として顕彰され、ドイツ国内にはメンバーの名前をとった施設などが数多く存在する。

主要な参加者

ドイツ国防軍

その他

臨時政府計画

「黒いオーケストラ」グループはヒトラー打倒後、ベックを大統領とする新政府の樹立を計画していた。ベックらは連合軍と連絡を取り、新政府樹立後の講和を模索していた。

臨時政府閣僚候補

関連項目