電波系

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電波系(でんぱけい)は、荒唐無稽な妄想や主張を周囲に向かって公言する者のことを指す言葉。他に「電波」「デンパ」「デムパ」[1]などと表記されることもある。電波の交信は「ゆんゆん」「よんよん」「やんやん」という擬音で表現される。

概要

元々は「頭の中に何者かからの思考、指示、妨害が電波で届く」と訴える人のことを指していた。

こういう被害妄想の症状を発する者は、かつて電波が一般的でなかった時代は「動物」や「霊」によるものともされ、「狐憑き」などと呼ばれていた。自分や周囲が「電波に操られている」という主張は、近代化により電波を受信し発声する機器が身近に置かれるようになる昭和期に現れ始め、「ラジオからの電波」から「テレビからの電波」といったように技術の進展に伴い“発生源”が変化してきている。近年では、「部屋に盗聴器が仕掛けられている」「無線で思考を操作されている」「インターネットを通じて見張られている」「頭にマイクロチップRFIDを埋め込まれてコントロールされている」といった主張も見られるようになってきている。また、1980年代後半より、電磁波の人体に対する影響が問題視され始め、特に頭部や脳への影響が示唆された[2]。同時に身近に電子レンジ電磁誘導加熱を用いた家電携帯電話など強い電磁波を発する機器が溢れるようになり、電磁波攻撃を受けていると主張する者(電磁波過敏症)も出てくる様になった[5]

このような被害妄想の発現としての「電波」は、1981年深川通り魔殺人事件の犯人が、自らの行動を「電波が命令した」と証言した[6]ことで一般にも知られるようになってきた。

もっとも、一般化した電波・電波系の使用はこういった厳密な医学的定義に限定されるものではなく、単におかしな主張をする人や、社会常識に当てはまらない行動を取る人にまで用いられる。そのような意味での電波系の使用は、サブカルチャーオタク系の媒体で用いられることの多い表現で、電波系な人々と長期に渡ってやりとりを続けた宝島30・別冊宝島などを出版していた宝島編集部、また電波系な人を国内のみならず韓国・北朝鮮にまで捜し求めた根本敬、自身がこのような症状に苛まれているとする村崎百郎[7]らの活動が背景にある[8]。彼らや創作の中で電波系を表現した者達により、1990年代前半より「電波」・「電波系」という言葉は広がっていった。

創作に表れた電波

すでに1980年には、青林堂の編集者であった渡辺和博が『ガロ』に『毒電波』という、させられ体験による「電波の攻撃に苦しむ人」が登場する漫画作品を発表しているが、このような被害を受ける側としてだけでなく、電波を使って他者を制御する、させる側としての電波表現が現れてくる。“特殊漫画家”の根本敬はこの漫画を読み、後に実際に「電波」に攻撃を受けている人々に出会って驚き、自著で「電波」の存在を広めた。

デヴィッド・クローネンバーグによる1981年発表のスキャナーズは、妊婦用睡眠薬の副作用により他者の思考が脳内に強制的に聞こえるようになった主人公らスキャナーが、意識を集中することで他者の神経に乗り移り、その行動を制御、果ては電話回線を通して電子機器の破壊まで行うものであった。このスキャナーズにおける、させられる、被害としての電波ではなく、相手を制御する・加害手法としての電波の使用は、日本の文芸作品に取り入れられていく。

音楽家・小説家の大槻ケンヂはその作品の多くに電波を表現し、様々な影響を与えた。大槻はインディーズの時期から「電波」を自身の楽隊筋肉少女帯の歌詞や表題に使用し、メジャーに出て以降も『妄想の男』や『電波BOOGIE』などに「電波」を組み込んだ。また、電波の発信源であるアンテナも 『釈迦』や『僕の宗教へようこそ』などの楽曲に登場するなど電波体験と絡む表現を多用している。特に1992年発表の小説『新興宗教オモイデ教』においては、スキャナーズ同様に制御・加害手段として、念じるだけで他者の精神異常を誘発する電波「メグマ波」で敵対勢力を掃討する物語を描いた。

大槻の『新興宗教オモイデ教』と『くるぐる使い』に刺激されて、1996年1月に高橋龍也の脚本による『』という美少女ゲームが発表された[10] 。この作中において、思考制御を引き起こす力は毒電波と表現されている[11]。雫はヴィジュアルノベル[12]という能動的に選択する小説とでもいうべき表現形態を十八禁美少女ゲームの業界に持ち込み、業界に大きな影響を与え、毒電波という語が、念により他者の思考を制御・脳神経を破壊し、対象を電波系と化すものとして広まることとなった[13]

このような他者からの思考伝播・制御を防ぐものとして、1927年にジュリアン・ハクスリーは"The Tissue-Culture King"において金属で頭部を包むことでテレパシーを防ぐ防具を発案しており、これがアルミ箔で頭部を包むTin foil hatとして現代化し、日本でいうところの電波系の人を指す表象として定着している。

関連作品

小説

ゲーム

脚注

  1. ^ デムパは正字正かな表記でのそれで、発音は変わらない。
  2. ^ 電磁波の内、光より周波数の低いものが電波。
  3. ^ 徳田正満 『情報通信ネットワークインフラにおける悪意ある電磁波攻撃に対する評価および防護技術に関する研究』 戦略的情報通信研究開発推進制度(SCOPE)第6回成果発表会 (2010年)
  4. ^ William Radasky,Edward Savage 『Intentional Electromagnetic Interference (IEMI) and Its Impact on the U.S. Power Grid』(2010)
  5. ^ 本来の電磁波攻撃は、情報通信機器や送電網などへの意図的な電磁波障害(IEMI: Intentional ElectroMagnetic Interference)を指す[3][4]
  6. ^ 「私が事件を引き起こしたのは、とても世間一般の常識では考えることのできない非人間的な、人間に対して絶対に行うべきではない、普通の人であったら一週間ももたないうちに神経衰弱になるだろう、心理的電波・テープによる男と女のキチガイのような声に、何年ものあいだ計画的に毎日毎晩、昼夜の区別なく、一瞬の休みもなく、この世のものとは思えない壮絶な大声でいじめられ続けたことが、原因なのであります」犯人が初公判で読み上げた書状より
  7. ^ 村崎は虚実交えた電波系の寄稿を行った末、そのような表現にひきつけられた読者により殺害された。
  8. ^ 根本[1995],村崎・根本[1996],『あなたの隣の電波さん』,『隣のサイコさん』他
  9. ^ TINAMIX Vol. 1.30 Leaf 高橋龍也&原田宇陀児インタビュー
  10. ^ 「高橋:~略~それで選んだのが電波系……というか当時の大槻ケンヂさんのテイストです 高橋:月島兄妹は同じ大槻ケンジでもどっちかと『くるぐる使い』の方なんですよ。そこに収められている『キラキラと輝くもの』という短編のなかに兄妹が出てきて、兄が妹に手を出して妹がおかしくなるんです。キャラクターはそちらだと思います。どちらも電波が出てくる話です。たしかに戦闘シーンのイメージとしては『オモイデ教』の方が強く入っていると思いますけど。」[9]
  11. ^ 元々、同作における電波能力を持つ者は、月島兄妹の妹である月島瑠璃子で、ESPの一種テレパシーによる意思や感情の交信として電波を用いていた。彼女は「電波を集めている」「電波、届いた?」のセリフに代表されるように単なる“電波”としてそれを語る。一方、その妹と交わることで電波能力を開花させた兄拓也は、他者を操作・攻撃する手段としてそれを用い、そのような攻撃的電波の使用を毒電波と表現して区別している。
  12. ^ ヴィジュアルノベルゲームブックに影響を受けて作られた、チュンソフトの弟切草かまいたちの夜が創り上げたサウンドノベルの様式を、改良して持ち込んだもの。
  13. ^ 宮本直毅 『エロゲー文化研究概論』130頁

参考文献

  • 根本敬村崎百郎 『電波系』 太田出版 1996年9月 ISBN-13: 978-4872333053
  • 根本敬『人生解毒波止場』 洋泉社 1995年9月 ISBN-13: 978-4896915778[doc 1]
  • 別冊宝島編集部 『隣のサイコさん―電波系からアングラ精神病院まで!』 別冊宝島281 宝島社 1996年11月 ISBN-13: 978-4796692816
  • 別冊宝島編集部 『あなたの隣の電波さん』 2008年8月19日 宝島社 ISBN-13: 978-4796665797 [doc 2]
  • 長山靖生 「情報化社会はなぜ妄想にかられるのか?」 『おかしいネット社会』 宝島社 1999年2月 50-60頁
  • 宮本直毅 『エロゲー文化研究概論』 総合科学出版 2013年 ISBN-13: 978-4881818299
  1. ^ 幻冬舎より解説を付して2010年12月に文庫本化。
  2. ^ 別冊宝島356『実録!サイコさんからの手紙―ストーカーから電波ビラ、謀略史観まで!』1998年1月の文庫本

関連項目

  • 偏執病(パラノイア)
  • 被害妄想
  • 根本敬 - 因果(者)という独自の用語を軸に電波系の人々を広く取材した。
  • 村崎百郎 - 村崎は虚実交えた電波系の寄稿を行った末、そのような表現にひきつけられた読者により2010年に殺害された。
  • 電波ソング - より派生的な使用例で、電子音楽にのせて常識から外れたことを歌う曲、程度の意味で用いられる。