因果関係 (法学)
この記事は特に記述がない限り、日本国内の法令について解説しています。また最新の法令改正を反映していない場合があります。 |
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相当因果関係(そうとういんがかんけい)説とは、法学の学説の一つ。民法と刑法で内容が異なる。⇔自然因果関係
刑法では、犯罪行為(実行行為)と犯罪結果を結びつけて良いかどうかを判断する概念である。この行為と結果の結びつきのことを因果関係といい、因果関係があることが、結果について行為者に客観的に帰責するための要件であるとされる。
民法では、裁判所が債務不履行や不法行為について因果関係のある損害のうち、賠償すべき範囲が相当であると限定するための概念である。
刑法
刑法における因果関係の内容
刑法における結果犯では、構成要件要素として、実行行為と結果の間に因果関係が必要とされる。ここでの因果関係とは自然科学的な因果関係ではなく、行為の結果について、どの結果についてまで行為者の責任を問うかという法的価値判断上の概念である。
因果関係の内容については争いがあり、判例は条件関係があれば足りるとする条件説に近いとされる。
条件関係とは、おおまかにいって、行為と結果は事実としてつながっているかどうか(すなわち「あれ[行為]なければこれ[結果]なし」といえるか)という判断である。
しかし、条件関係だけでは構成要件に該当する対象が余りにも拡大しすぎる(偶発的な事態や異常な事態による結果についても帰責されてしまう)という批判から相当因果関係説が提唱された。
相当因果関係説とは、因果関係の内容として、条件関係に加えて相当因果関係があることが必要とする説である。
相当因果関係とは、「社会生活上の経験に照らして、通常その行為からその結果が発生することが相当だとみられる関係」(因果経路の通常性)といわれる。
相当因果関係説は、因果関係に相当因果関係も要求することで、因果関係の有無を判断する上で偶発的な事情や異常な事態を排除して考えることができ、刑法の謙抑性にも適う結果が得られるとして日本刑法学における通説となった (ドイツでは因果関係に関し条件説が通説である。ただし後述の客観的帰属論が、因果関係論と別枠とされていることに注意)。
因果関係の判断手順
因果関係の有無を判断するには、相当因果関係説に立つ場合でも、まず条件関係の有無について判断すべきとされる。
条件関係
上記のように条件関係とは、行為と結果の関係の(比較的)事実的な判断である。 伝統的には、「その行為がなかったならば、結果も存しなかったであろう」という判断方法によるとされてきた。 標語的に「『あれなければこれなし』の判断」、あるいは、ラテン語"conditio sine qua non"から「c.s.q.n.公式」と呼ばれている。
しかし、「『あれ』を取り去ると『これ』が消える」ことから「『あれ』と『これ』に因果関係がある」ことを推論するのは 因果関係を前提としてしかできない論理の飛躍である(「あれ」と「これ」との存在・消滅に同時性がある理由としては、 二者が第三の要素と関係があるからにすぎないとか偶然に過ぎないという事態を排除できない)、といった理論的批判のほか、 以下のような種々の事例のうちいくつかを説明するには大きな修正が必要である、といった批判が指摘されるようになった。 こうしたことから、むしろ「あれあればこれあり」といえるような、 行為から結果に到るまでの経過を逐一自然法則で吟味しながら追いかけていくべしとする立場が有力となった(ドイツでは通説である)。 これを合法則的条件関係説という。
条件関係の問題とされる、因果関係に関する種々の事例
- 因果関係の断絶
- 結論として一般に条件関係は否定される。
- 仮定的因果経過
- 重畳的因果関係(ちょうじょうてき)
- 条件関係を肯定するが、相当因果関係を否定する説が有力である。
- 択一的競合
- 行為を全体的に考察し、条件関係の公式を修正して条件関係を肯定するのが多数説といえる。
- 不作為犯の因果関係
- 条件関係を肯定するのが通説である。
- 疫学的因果関係
- 条件関係を肯定する説が有力である。
- 因果関係中断論
- 特異な介在事情があるときに、条件説を採ったときに因果関係を否定するための理論である。相当因果関係説を採る場合は相当因果関係の特殊事情の問題とすれば足りる。
相当因果関係
相当因果関係説は、相当性の有無を判断する際に、その基礎(判断基底)としてどのような事情を考慮すべきか(つまり相当性を判断する判断材料に何を採用するか)によって、伝統的には以下の三説に分けられる。
- 主観説(主観的相当因果関係説)
- 主観説とは行為者が行為当時認識・予見していた事情及び認識・予見しえた事情を基礎として判断する見解のことである。例えばAは、一見健康に見えるBが実は重度の心臓病であることを知らずに、背後からタックルをして強いショックを与え、死亡させたとする。このときAはBの心臓病について知らなかったのだから、たとえ一般人なら知りえたとしても、そのことは判断材料から除外される。よって、健康な人に後ろからぶつかって死亡させてしまうということは通常考えられず、Aの行為とBの死亡という結果の間には「因果関係がない」ということになる。
- 客観説(客観的相当因果関係説)
- 客観説とは、行為当時に客観的に存在したすべての事情を基礎として判断する見解のことである。行為後に生じた事情についても、それが行為時に予見可能であった限りすべて考慮するとされる。上記の例でいえば、Aが知っていたかどうかは問題でなく、とにかく当時Bが重度の心臓病であったことは事実であるから、これは判断材料に含まれる。よって、重度の心臓病患者に背後から強い衝撃を与えれば死んでしまうかも知れないということは通常予想の範囲内であり、Aの行為とBの死亡という結果の間には「因果関係がある」ということになる。
- 折衷説(折衷的相当因果関係説)(通説)
- 折衷説とは、行為当時一般人に認識・予見可能であった事情と、行為者が特に認識・予見していた事情を基礎として判断する見解のことである。行為後の事情については、行為の際に、一般人の予測しえた事情と、行為者の予測していた事情を、判断の基礎事情とするとされる。上記の例でいえば、一般人にはBの病気を知ることはできず、Aも知らなかったのであるから、これを判断材料に含めることはできない。つまり、Bが重度の心臓病を患っていたということは無視される。よって、健康な人に後ろからぶつかって死亡させてしまうということは通常考えられず、Aの行為とBの死亡という結果の間には「因果関係がない」ということになる。
今日、主観説はその支持者がなく、客観説と折衷説との間で論争がなされていたが、折衷説が通説である。過去の判例は条件説を判示していたが、現在の立場は不明であり、上記見解の中では客観説に近いと言われている。
相当因果関係の危機
いわゆる大阪南港事件の最高裁判例解説において、担当した大谷直人調査官が、上記の三説(判断基底論)のいずれも 実務に適切な思考形態でなく、現に使われていないと批判したことに端を発した議論をいう。
これに対して、あくまで従来の判断基底論を堅持しこれによっても判例は説明可能であるとする考え方、 従来の判断基底論を変容させ、例えば個々の介在事情を考慮する・しないの2択ではなく、 実行行為や結果の具体的なあり方との関係で、その危険をどれだけ促進したか・すべきものかといった考慮も 相当因果関係の判断に含めるべきとする考え方も現れてきた。 現在も相当因果関係説が多数説であるものの、その内部では後者の考え方が有力になっている。
また有力なのは、後述の客観的帰属論であり、 相当因果関係説の中でも後者のような考え方は、客観的帰属論に近いとされる。 それは相当因果関係説の論者も認めるところであるが、そうであるにもかかわらず客観的帰属論としないのは、 客観的帰属論は本来、因果関係に対するのみならず、刑法体系全体に関わるものであるところ、 すでに判例実務・学説の確立している部分と相容れないところがあるため、 相当因果関係に関する部分でのみ、相当因果関係論の名のもとに客観的帰属論の成果を取り込めば足りるとするからである。
客観的帰属論の登場
前述のように相当因果関係論に対抗して、 行為と結果の具体的なあり方をみて、その関係判断に正面から規範的吟味を及ぼすべしとする。 ドイツでは通説である。 (その背景には、実行行為論や相当因果関係論が発達していないなかで、 共犯や過失犯に関する判例が出されるうちに 通説化したものである、ということに注意しなければならない。 つまり日本の通説では実行行為・結果・相当因果関係という判断をするところ、 ドイツでは行為・結果・因果関係(条件関係)→客観的帰属という判断過程を経ることになる。)
結果的加重犯での因果関係
結果的加重犯(けっかてきかちょうはん)では、基本犯と重い結果との間に因果関係が必要であるが、この因果関係の内容についても争いがある。
判例は条件関係があれば足りるとする。
これに対して、通説は、責任主義徹底の見地から、過失説を採るとされ、因果関係に加えて、過失ないし予見可能性があることを要するとする。
しかし、過失説に対しては、基本犯の危険犯的性格を看過しているとの批判があり、基本犯が危険犯的性格を持つ以上、相当因果関係があれば足りるとする相当因果関係説も有力である。
また、そもそも加重結果に対する条件関係自体が通常の条件関係より絞られている(直接性)とする説もある。
民法
債務不履行又は不法行為による損害賠償の範囲のうち、賠償されなければならない因果関係の範囲をいう(相当因果関係理論)。この理論によれば、現実に生じた損害のうち、債務不履行があれば通常生じるであろう損害を賠償すれば足りることとなる。根拠条文は416条であり、不法行為による損害賠償の場合にも、同条が類推適用される。