浜松国際ピアノコンクール

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

これはこのページの過去の版です。Keruby (会話 | 投稿記録) による 2022年11月23日 (水) 15:18個人設定で未設定ならUTC)時点の版 (修正:Category:Infobox内でサムネイル画像を使用しているページ、+{{複数の問題 | 出典の明記 | 一次資料}})であり、現在の版とは大きく異なる場合があります。

浜松国際ピアノコンクール
Hamamatsu International Piano Competition
コンクールのポスターとアクトシティ浜松(2009/10)
受賞対象ピアノ演奏
会場アクトシティ浜松
日本の旗 日本
主催財団法人浜松市文化振興財団
報酬賞金300万円、金メダル、賞状
初回1991年(平成3年) -
最新受賞者ジャン・チャクムルトルコ
公式サイトwww.hipic.jp ウィキデータを編集

浜松国際ピアノコンクール(はままつこくさいピアノコンクール、Hamamatsu International Piano Competition)は、静岡県浜松市アクトシティ浜松を会場として3年に1度開催される国際ピアノコンクール。浜松市および財団法人浜松市文化振興財団が主催し、外務省文化庁、静岡県のほか新聞社放送局、音楽書籍出版社などが後援する。

概要

現在では、国際音楽コンクール世界連盟に加盟する国際コンクールである。第1回大会は浜松市市制施行80周年を記念して1991年(平成3年)に開催され、若手ピアニストの育成を図るとともに楽器の街から音楽文化の街への昇華を図る近年の浜松市政の代表的なものとなっている。ただし、第10回は全参加者88人に対して日中韓参加勢が46人と半数を超え[1]、本選進出者の6人全員がアジア系であった[2]

小説家の恩田陸は、ピアノコンクールをテーマとした『蜜蜂と遠雷』を執筆するにあたり、2006年の第6回大会からほぼ全参加者の演奏を聴き、執筆が終わっている第10回大会においても尚、演奏を聴き続けていた。

沿革

  • 1991年(平成3年) - 第1回大会・会場は浜松市民会館(現・浜松市教育文化会館
  • 1994年(平成6年) - 第2回大会・この大会から会場をアクトシティ浜松に移す
  • 1997年(平成9年) - 第3回大会
  • 1998年(平成10年) - 国際音楽コンクール世界連盟への加盟が承認される
  • 2000年(平成12年) - 第4回大会
  • 2003年(平成15年) - 第5回大会
  • 2006年(平成18年) - 第6回大会
  • 2009年(平成21年) - 第7回大会
  • 2012年(平成24年) - 第8回大会
  • 2015年(平成27年) - 第9回大会
  • 2018年(平成30年) - 第10回大会
  • 2021年(令和3年) - 第11回大会の予定であったが新型コロナウイルスの流行により中止 代替イベントとして『浜松国際ピアノフェスティバル』を実施

優勝者

日本の受賞者

脚注

  1. ^ 出場者”. www.hipic.jp. 2018年10月18日閲覧。
  2. ^ 本選出場者”. www.hipic.jp. 2018年11月21日閲覧。

外部リンク