河野裕子

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

これはこのページの過去の版です。118.238.220.144 (会話) による 2016年2月1日 (月) 05:22個人設定で未設定ならUTC)時点の版であり、現在の版とは大きく異なる場合があります。

河野 裕子(かわの ゆうこ、1946年7月24日 - 2010年8月12日[1])は、日本の歌人。「」選者。夫は歌人の永田和宏。長男永田淳、長女永田紅も歌人。

人物

熊本県上益城郡御船町に生まれ、滋賀県石部町(現湖南市)に育つ。京都女子高等学校を経て京都女子大学文学部国文科卒業。高校時代より作歌を始め、大学3回生(23歳)のときに角川短歌賞受賞。宮柊二に師事。みずみずしい青春の恋愛歌を収め、新鮮な言葉で女性の心をのびやかにうたった第1歌集『森のやうに獣のやうに』でデビュー。感覚と身体性を総動員して生の実感を表現する作風で、戦後の女性短歌のトップランナーであった[2]毎日新聞歌壇、NHK短歌の選者や織田作之助賞の選考委員のほか、夫永田和宏と共に「宮中歌会始」選者も務めた。

晩年は乳がんと闘病し、その境涯を多く歌に詠んだ。また、木村敏のカウンセリングを受けていた。2010年8月12日に死去[1]

略歴

著書

テレビ

代表歌

  • たとへば君 ガサッと落葉すくふやうに私をさらつて行つてはくれぬか(『森のやうに獣のやうに』)
  • ブラウスの中まで明るき初夏の日にけぶれるごときわが乳房あり(『森のやうに獣のやうに』)
  • あるだけの静脈透けてゆくやうな夕べ生きいきと鼓動ふたつしてゐる(『ひるがほ』)
  • たつぷりと真水を抱きてしづもれる昏き器を近江と言へり(『桜森』)
  • 君を打ち子を打ち灼けるごとき掌よざんざんばらんと髪とき眠る(『桜森』)
  • 手をのべてあなたとあなたに触れたきに息が足りないこの世の息が(『蟬声』、辞世)

脚注

  1. ^ a b 訃報:河野裕子さん 64歳=歌人 - 毎日jp(毎日新聞)
  2. ^ 馬場あき子監修『現代短歌の鑑賞事典』東京堂出版。
  3. ^ 第95回『あなたに有利な証拠として』 - さくらんぼテレビ

関連項目

  • 谷川史子:『積極 -愛のうた-』にて「青林檎与へしことを唯一の積極として別れ来にけり」(『森のやうに獣のやうに』)を引用。
  • やまだ紫:『しんきらり』にて「しんきらりと鬼は見たりし菜の花の間(あはひ)に蒼きにんげんの耳」(『ひるがほ』)を引用。

外部リンク