ファン・カー
ファン・カー(Fan Car)とは、送風機(ファン)により車体下部の空気を強制的に排気して真空状態に近づけることでダウンフォースを発生させ、高速走行を可能にするレーシングカーである。別名、サカー・カー(Sucker Car)。
概要
ファン・カーは自動車レースにおいてダウンフォースの重要性が認識される過程で、車体下面のダウンフォース発生方法のひとつとして考案された。車体後部に装備する大型のファンを駆動し、車体下面と路面に挟まれた空間から空気を吸い出すことで気圧を減少させ、パスカルの原理によりダウンフォースを発生させる。船体下部に空気を送り込んで浮上するホバークラフトとは逆の形の乗り物であり、獲得したダウンフォースによりタイヤの接地力を高め、コーナーの旋回速度を高めて走行することができる。
ベルヌーイの定理を利用したグラウンド・エフェクト・カー(ウイングカー)構造と比較した場合、ボディの底面全体を使うことが可能であり、速度に比例しないダウンフォースを発生させることが出来るため、半径の小さいカーブなど低速走行に非常に優れている。さらに、直線での空気抵抗としての前後のウイングを計算することも可能であり、セッティングによっては圧倒的な性能を出すことが可能である。
しかし、国際自動車連盟統括下のレースカテゴリでは、一部の例外を除いて「レーシングカーの空力特性に影響を与える部品は可動してはならない」と規定されており、ファンの使用はこれに抵触する。1970年代に実際にレースに出場した2例は使用禁止処分となり、以後レースで使用されたケースはない。レース以外ではサーキット走行専用スポーツカーに採用された例もあるが、地面の塵や小石を後方に噴出すような方法が一般道で通用するはずはなく、モータースポーツ内での技術であるといえる。
実在するファン・カー
プロトタイプレーシングカー
- シャパラル・2J
- シャパラルが開発し、1970年にカナディアン-アメリカン・チャレンジカップシリーズに出場したグループ7カー[1]。実用化された最初のファン・カーであり、勝利は挙げられなかったものの、この機構のもつ強烈なポテンシャルを見せつけた。
- 通常のエンジンのほかにファン駆動用エンジンを2基搭載し、独立した動力を利用できたため、非常に効率のよいものであった。1971年からこの機構が使用禁止になったため、1年限りの活躍であった。
フォーミュラ1カー
- ブラバム・BT46B
- ブラバムが開発し、1978年のF1世界選手権に出場したフォーミュラ1カー。グラウンド・エフェクトを利用したウイングカー誕生期において、ブラバムは契約しているアルファ・ロメオの大きなエンジンのため、効果的なウイングカーの設計を出来ない状態であった。その状態を打開するため、ゴードン・マレーはエンジンパワーの一部を使ってファン(建前上はラジエーター冷却が目的だとチーム側からアナウンスされていた)を駆動させ、車体下部の空気を強制排気することによって、ウイングカー構造と同等のダウンフォースを発生させることを計画し、BT46Bをデザインする。この車体はウイングカー構造に左右されない空力的形状と、ウイングカーと同等のダウンフォースを併せ持つ車体として、初出走の1978年のスウェーデンGPでニキ・ラウダが圧勝する。
- しかし、その圧倒的な旋回能力に対する他チームから「空力に影響を与える個所は固定されていなければならない」というルールを元にした抗議が高まり、後続車に石などを撒き散らすことが危険であるという理由から、リザルト取り消しこそ免れたものの以後同様の機構をもった車体の禁止が明文化された。明らかにルールに抵触していると見られたにもかかわらず出走できた上にリザルト取り消しにならなかったのは、ゴードン・マレーが当時モータースポーツのルールや結果について起きた紛争を仲裁する機関である国際スポーツ委員会(国際自動車連盟の下部団体)に対してあらかじめ文書にて合法性を問い、合法であるとの宣告を受けていたためである。[2]
スポーツカー
- フェラーリ・599XX
- 高級スポーツカーフェラーリ・599の実験的プログラムとして、フェラーリが開発したサーキット走行専用車[3]。トランクルーム内に「ACTIFLOW(アクティフロウ)」と呼ばれる2基のファン装置を搭載し、元テールランプ部分のアウトレットから気流を排出する。
架空のファン・カーが登場する作品
アニメ
- 『新世紀GPXサイバーフォーミュラ』
- 近未来の架空のレーシングカーの中に、ファン・カーや6輪車など現在では禁止された技術が登場する。メカニックデザイナーの河森正治は「アイデアをきっちり外に見える形に描いたオーバーデフォルメ科学」と説明している[4]。
ゲーム
- 『グランツーリスモ5』
- F1のレッドブル・レーシングがデザイン協力したオリジナル・レーシングカー、レッドブル・X2010が登場する[5]。同チームのデザイナー、エイドリアン・ニューウェイの提案により、ファンを1基搭載している。
脚注
- ^ 排気量無制限2座席のレーシングカテゴリ。
- ^ 『激走!F1』 文春文庫 ISBN 4-16-811816-9。
- ^ Ferrari.com 599XX
- ^ 『河森正治デザインワークス』 エムディエヌコーポレーション、2006年、p69。
- ^ 佐伯憲司 (2010年10月29日). “SCEJ、PS3「GT5」に登場する「レッドブルX1」の全貌を公開”. GAME Watch 2011年2月13日閲覧。