高麗仏画

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高麗仏画
各種表記
ハングル 고려불화
漢字 高麗佛畫
発音 コリョプルホァ
日本語読み: こうらいぶつが
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高麗仏画高麗仏画である。

現存する高麗仏画は、世界で約160点あるが、そのうち約130点が日本にあり、欧米に17点あり、韓国国内にはたったの13点しかない[1]。韓国では、日本にある高麗仏画の多くは倭寇が略奪したものだとしているが[2]、日本では、李氏朝鮮が仏教を弾圧したため日本に流出したものだとしている[3]。制作年が特定されている最古の高麗仏画は「金義仁発願五百羅漢図」(1235~1236年、大和文華館などに分蔵)で、次いで「阿弥陀如来図」(1286年、島津家旧蔵)、「弥勒大成仏教変相図」(1294年、妙満寺)がある[1]

韓国人窃盗団が日本から高麗仏画を次々と盗む事件が起こっている。1998年に大阪府太子町の叡福寺の「楊柳観音像」、2001年に愛知県豊田市の隣松寺の「絹本著色観経曼荼羅」、2002年に兵庫県加古市の鶴林寺の「絹本著色阿弥陀仏三尊像」が盗まれた。2004年10月にソウルで韓国人窃盗団が逮捕され、この窃盗団の犯行であることが分かった。韓国では、日本にある高麗仏画は文禄・慶長の役日本統治時代に略奪されたと認識されており、窃盗団は「神が『日本が略奪した我が国の文化財を取り戻せ』と言った」と主張したが、盗品をすぐ売却して金に替えており、金銭目的の犯行だと判明している。2005年1月には懲役判決を受けた。「絹本著色阿弥陀仏三尊像」は韓国に持ち込まれた後、6回の転売を経て慶尚北道の寺に渡ったことが分かったが、その後また行方不明になった。「絹本著色観経曼荼羅」も韓国に持ち込まれたことが分かっており、「楊柳観音像」も韓国に持ち込まれたと言われている[4]

2005年8月にも韓国人4人組が、大恩寺 (豊川市)で国の重要文化財である絹本著色王宮曼荼羅図[5]を盗もうとして、住職の長男を包丁で刺して重傷を負わせる事件が発生した。犯人たちは2014年4月までに全員逮捕された[6]

2010年10月12日から11月21日まで韓国国立中央博物館で「高麗仏画大展」が開かれた。韓国、日本、欧米の高麗仏画61点を集めた過去最大規模の展示となった[7]

脚注[編集]

  1. ^ a b 国宝級高麗仏画発見(統一日報 2009年7月8日)
  2. ^ Fifty Wonders of Korea, Volume 1 - Culture and Art Korean Spirit & Culture Promotion Project. 2007
  3. ^ 朝鮮半島から見た日本 帝塚山学院大学教授 上垣外憲一 2004年2月10日
  4. ^ 菅野朋子 【特別リポート】消えた「重要文化財を追え!」壱岐・安国寺の寺宝は「韓国の国宝」になっていた! 週刊新潮 2005年10月13日号
  5. ^ 絹本著色王宮曼荼羅図 文化財ナビ愛知
  6. ^ 韓国で確保の韓国人男を逮捕へ 仏画狙った強盗致傷容疑 愛知県警 MSN産経ニュース 2014年4月22日
  7. ^ 国内最大規模の高麗仏画大展、11月21日まで国立中央博物館で 大韓民国文化体育観光部 2010年10月19日