朝鮮民族
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| 総人口 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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7,910 万人 |
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| 朝鮮語話者: 7,800 万人[6] | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 宗教 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| キリスト教、大乗仏教、天道教。儒教と民間信仰を背景とする。 |
朝鮮民族(ちょうせんみんぞく)は、朝鮮語をアイデンティティとし、朝鮮語を母語としている民族。主に朝鮮半島およびその北部周辺地域に居住している。韓国では韓民族(かんみんぞく)と呼ばれる。人種はモンゴロイドである。
朝鮮民族による国家は、旧李氏朝鮮の故地に分断されたかたちで現在2国存在している。南側が韓国で、北側が北朝鮮である。それぞれ別個に国際連合に加盟しており、2つの独立した主権国家として国際的に認められている。
目次 |
[編集] 歴史
「朝鮮の歴史」も参照
古代の朝鮮半島とその背後の内陸部には、夫余、粛慎、挹婁、靺鞨、沃沮、濊、濊貊など多数の民族がおり、その中の夫余から発展した高句麗が南下しながら半島に勢力を拡大し、これに連動するように半島中部で小国を統合した百済、半島東南部では伽耶諸国を統合した新羅が成立し、3国が鼎立するに至った[7]。
その後、新羅[8]が、満族の系統に分類される他民族国家である百済・高句麗などの夫余・濊系国家を打ち破って、半島全域に分布を広げた。
古代には、朝鮮では国を割いてまで秦の亡民の建国を許していた。「陳勝などの蜂起、天下の叛秦、燕・斉・趙の民が数万口で、朝鮮に逃避した。(魏志東夷伝)」「辰韓は馬韓の東において、その耆老の伝世では、古くの亡人が秦を避ける時、馬韓がその東界の地を彼らに割いたと自言していた。(同前)」とある。多様な経路からの渡来人が多く、朝鮮半島中・西北部には、楽浪郡、真番郡、臨屯郡、玄菟郡という植民地漢四郡が置かれた。漢の植民地だった時期には漢族が移住して土着化した。東北部には、高句麗人、渤海人、女真人など、ツングース民族の流入が相次いだ。
中世のモンゴル人の支配時期には混血が進み、その前後に中国人との混血も進んで、ほぼ現在の朝鮮民族と同様の民族が成立する。朝鮮民族が半島全域に勢力を伸ばしたのは7~8世紀頃である。
高麗時代前期には漢族などの異民族が朝鮮に帰化し、その数は23万8000人余りに達する[9]。京仁教育大学校教授朴チョルヒは、「韓国の社会教科書が過度に民族中心的に叙述され、渤海人や漢族から帰化した人々の存在と文化的影響に対し教科書は沈黙している」と批判している[9]。
こういった成立の中で、現在の民族意識が確立したのが12世紀頃である。三国時代(百済・高句麗・新羅を指す)から民族集団としての歴史は受け継がれていたが、12世紀に入り『三国史記』の編纂や民族の啓発が活発となる。12世紀後半には、現在の民族としての自己独自性の熟成と遺伝子的な一致がほぼ完成された。
[編集] 遺伝子的な特徴
朝鮮人固有の遺伝子プール(日本人や中国人が保有しない・朝鮮系中国人を除く)をもつ割合は4割以下であると報告されている。Y染色体ハプログループで見た場合、中国人など東アジアで多く見られる O3 が朝鮮民族でも多い。O2b がそれに続くが、アイヌを除く日本人では O2b から分かれた O2b1 が多いので、朝鮮民族に多い O2b は O2b1 以外の集団として O2b* と呼称される。
朝鮮人は、日本人に特有のD2系統をほとんど持っていない。少数の D2 や O2b1 系統は、中国の正史「三国志」「後漢書」に登場する狗邪韓国や新羅時代に活躍した倭人の一部がそのまま帰化したか、在来の民族の名残と考えられる。
血液研究の観点からは、日本人と比較すると遺伝的な同質性が低いという結果が出ている[10]。大阪医科大学名誉教授松本秀雄は著書『日本人は何処から来たか―血液型遺伝子から解く』で、「朝鮮民族は強く漢民族などの影響(混血)を受けており、これは中国と朝鮮との間の、相互移民や侵入などによって、北方少数民族や漢民族との混血の機会が多く、これが民族の形成に影響した」と述べている[11]。
[編集] 居住地域と人口
朝鮮民族の居住が最も多く集中する地域は朝鮮半島、すなわち韓国および北朝鮮である。一つの民族が2つ以上の国家に跨って分布することは、世界的にはありふれているが、両国の国民はともに朝鮮民族・韓民族による単一民族の国民国家という自意識を共有しており、並立する2国家の国民が互いを別民族と認識することはほとんどない。もっとも、北朝鮮、特に韓国にも民族成立後に流入した少数民族は存在しており、厳密に言えば単一民族国家ではない。沙也可のように文禄・慶長の役の際に帰化した日本人もいたとされる。
両国における朝鮮民族の人口は、韓国・北朝鮮は国内に少数民族をほとんど抱えていないので、それぞれの総人口にほぼ一致し、韓国に4,900万人、北朝鮮に2,300万人ほどである。
「朝鮮族」、「高麗人」、「在日韓国・朝鮮人」、「コリアンアメリカン」、「コリアンカナディアン」、および「コリア・タウン」も参照
韓国・北朝鮮の国外では、中国・北朝鮮国境に近い中国東北地区の吉林省周辺に朝鮮族がおよそ200万人ほど居住し、中国55少数民族の一つと見なされている。
かつては北朝鮮・中国吉林省と境を接するロシアの沿海州にも居住していたが、第二次世界大戦中に中央アジアに集団追放され、そのまま中央アジアに住み続けている者もいる。そのうちウズベキスタンに住む朝鮮系の人口は110万人ほどで、同国の人口の5%近くを占める。ロシア語では朝鮮民族のことを英語のコリアンと同じように、「高麗」に由来する「コレイツィ(корейцы, korejtsy')」という呼称を用い、中央アジアの朝鮮民族は「高麗人」と自称する。
世界各地にも、朝鮮系の人々がいる。日本には在日韓国・朝鮮人、アメリカ合衆国にはコリアンアメリカン、カナダにはコリアンカナディアンと呼ばれるそれぞれ数十万から百数十万の朝鮮系の人々が居住しており、一定の民族意識を保って暮らしている。こうした在外の朝鮮系の人々が集住して暮らす町は「コリア・タウン」と呼ばれ、世界各地に点在する。
[編集] 言語と文化
朝鮮民族は、在外者の大多数を除いて多くの者が朝鮮語を母語とする。
文化的には、中国からの影響を強く受けながら、近年になり改良を加えられたチマチョゴリなどの服飾文化、キムチなどの食文化(朝鮮料理)やパンソリ、タルチュムなどに独特の特徴が見られる。習俗・習慣の面では、李氏朝鮮時代に民衆に浸透した儒教の影響が、しばしば指摘される。
[編集] 宗教
宗教では、アニミズムを背景としたシャーマニズム的な信仰と儒教との混合形態による先祖崇拝が根付いている。なお、先祖崇拝は東アジア地域共通の特徴なので、その起源がどこにあるかを求めるのは難しい。
これに加えて、仏教信仰がある。仏教は高麗時代に国教とされるなどかつては隆盛を誇っていたが、李氏朝鮮が儒教を国教と定めて仏教を弾圧したので、現在では少数派になっている。
近代には西洋からもたらされたキリスト教が急速に広まった。特に北部ではキリスト教が深く浸透し、平壌は「東洋のエルサレム」と呼ばれた[要出典]。また、こうした新しい外来宗教に刺激される形で朝鮮民族独自の宗教である天道教が興った。第二次世界大戦後は、特に韓国においてキリスト教が強い影響力をもつに至っている。韓国社会におけるキリスト教の浸透はかなり深く、戦後、布教が停止状態にある北朝鮮においても根強く信仰が残っていると見られている。
[編集] 地域対立
現代の朝鮮民族には地域差別と地域対立感情が見られる。日本では全羅道出身者に対する差別や慶尚道と全羅道の対立が大統領選挙などを通じて知られているが、済州道に対する差別はさらに根強く激しい。こうした差別は、在日社会などにも受け継がれている。また西北差別が長く続いていたとも言われている。ただし、済州島に対する差別を除いては、地域感情の歴史は長くないと考えられている。
特に慶尚道と全羅道との対立は、朴正煕以降、長く慶尚道がエリートのリクルートや資源の配分において優遇されたことが背景となっており[12]、それ以前にどの程度の対立・差別が存在していたのかはつまびらかではない。西北差別については、南北分断によって実態がわかりにくくなっている。
[編集] 脚注
- ^ [1]
- ^ CIA Factbook - North Korea
- ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x 재외동포 다수거주 국가, Overseas Korean Foundation, (2007) 2008年10月10日閲覧。
- ^ S0201. Selected Population Profile in the United States, United States Census Bureau 2007年9月22日閲覧。
- ^ Mongolia-South Korea relations
- ^ “Korean”. ethnologue. 2007年4月20日閲覧。
- ^ 「朝鮮民族」伊藤亜人『日本大百科全書』(小学館)
- ^ 新羅も多民族国家ではあるが、一般的に最初の朝鮮民族由来の史実国家として扱われる。
- ^ a b 「初等教科書、高麗の時「23万帰化」言及もしない」京郷新聞、2007年8月21日。
- ^ 李成柱「血液分析により民族の移動経路を判明する」東亜日報、2001年1月3日。
- ^ 松本秀雄「日本人は何処から来たか―血液型遺伝子から解く」NHKブックス、1992。ISBN 978-4140016527
- ^ 和田春樹・石坂浩一編『岩波小事典 現代韓国・朝鮮』岩波書店、2002年、p.154(磯崎典世執筆項)。
[編集] 関連項目
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