電子回折

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電子回折または電子線回折 (electron diffraction) は、試料に電子を当てて干渉パターンを観察することで、物質を研究するのに使われる技法。粒子と波動の二重性によって起こる現象であり、粒子(この場合は電子)は波動としても説明できる。このため、電子は音や水面の波のような波動として見ることができる。類似の技法として、X線回折中性子回折がある。

電子回折は固体物理学や化学において、固体の結晶構造の研究によく使われる。実験では電子後方散乱回折像法を使った機器である透過型電子顕微鏡 (TEM) や走査型電子顕微鏡 (SEM) を使うことが多い。これらの装置では、電子は静電ポテンシャルによって加速されることで必要なエネルギーを得、対象の試料に向かって放出する前に特定の波長となるよう設定する。

結晶体は周期的構造を持つため、回折格子として機能し、予測可能な形で電子を散乱させる。観測された回折パターンに基づき、その回折パターンを生じさせた結晶構造を推測することができる。しかし位相問題があるため、この技法の有効性は限定的である。

結晶の研究以外に、電子回折は非晶体や気体分子の研究にも使われる。

歴史[編集]

1926年、ド・ブロイの仮説が定式化された。これは、粒子は波動のような振る舞いをするという予測である。ド・ブロイの式は3年後に(静止質量を持つ)電子について成り立つことが、独自に行われた2つの実験での電子回折の観測によって証明された。アバディーン大学ジョージ・パジェット・トムソンは、薄い金属膜に電子ビームを透過させ、予測された干渉パターンが生じることを確認した。ベル研究所クリントン・デイヴィソンレスター・ジャマーは、結晶質の格子を通して電子ビームを透過させた。トムソンとデイヴィソンは1937年、この業績に対してノーベル物理学賞を授与された。

理論[編集]

電子と物質の相互作用[編集]

X線中性子を使った回折による物質の研究とは異なり、電子は荷電粒子であり、クーロン力によって物質と相互作用する。つまり放出された電子は、正の電荷を帯びた原子核とその周りの電子の両方から影響を受ける。これに対してX線は価電子の空間分布と相互作用し、中性子は原子核との強い相互作用によって散乱させられる。さらに、中性子の磁気モーメントはゼロではないため、磁場によっても散乱させられる。このように相互作用の仕方が異なるため、それぞれに用途がある。

回折ビームの強度[編集]

電子回折の運動学的近似によれば、回折ビームの強さは次の式で表される。

 I_\mathbf{g} = \left | \psi_\mathbf{g} \right |^2 \propto \left | F_\mathbf{g} \right |^2

ここで \psi_\mathbf{g} は回折ビームの波動関数、F_\mathbf{g} は次の式で表される構造因子である。

 F_{\mathbf{g}}=\sum_{i} f_i e^{-2\pi i\mathbf{g} \cdot \mathbf{r}_i}

ここで \mathbf{g} は回折ビームの散乱ベクトル、\mathbf{r}_i は結晶単位格子内の原子 i の位置、f_i は原子の散乱力を意味し、原子散乱因子とも呼ぶ。総和は、結晶単位格子内の全原子について行う。

構造因子は、電子ビームが結晶単位格子の原子に散乱される過程を表しており、f_i という項を通して元素ごとに異なる散乱力を考慮している。原子は単位格子内に分散して配置されているため、2つの原子から散乱振幅を考慮する際に位相の違いがある。この位相変移は方程式の指数項に考慮されている。

元素の原子散乱因子または散乱力は、考慮する放出の種類に依存する。電子が物質と相互作用する過程はX線などとは異なるため、原子散乱因子はそれぞれの場合で異なる。

電子の波長[編集]

電子の波長は、ド・ブロイの方程式で与えられる。

\lambda = \frac{h}{p}

ここで hプランク定数p は電子の運動量である。電子は電位 U において次のような速度まで加速されている。

v=\sqrt{\frac{2eU}{m_0}}

m_0 は電子の質量、e電気素量である。電子の波長はしたがって、次の式で表される。

\lambda=\frac{h}{p}=\frac{h}{m_0v}=\frac{h}{\sqrt{2m_0eU}}

しかし電子顕微鏡では、加速ポテンシャルは一般に数千ボルトにもなり、電子は光速の何分の一という速度で飛び出す。SEMでは加速ポテンシャルは10,000ボルト (10kV) 程度で運用し、電子の速度は光速の約20%となるが、TEMでは200kVで運用し、電子の速度は光速の70%にもなる。そのため、相対論的効果を考慮する必要がある。すると、電子の波長は次のように修正される。

 \lambda = \frac{h}{\sqrt{2m_0eU}}\frac{1}{\sqrt{1+\frac{eU}{2m_0c^2}}}

c は光速である。この式の1つ目の項は上で求めた非相対論的波長であり、次の項が相対論的補正因子である。すると、10kVのSEMにおける波長は 12.3 x 10-12 m (12.3 pm) となり、200kVのTEMでの波長は 2.5 pm となる。ちなみにX線回折で使われるX線の波長は、100 pm 台である(Cu kα: λ=154 pm)。

透過型電子顕微鏡における電子回折[編集]

固体の電子回折は通常透過型電子顕微鏡 (TEM) で観測する。TEMでは、試料の薄い切片に電子ビームを透過させる。その結果生じる回折パターンは蛍光スクリーンに映し出され、写真やCCDカメラで記録する。

利点[編集]

上述したように、TEM内で加速された電子の波長は、X線回折実験で通常使われる放射線の波長よりもずっと小さい。結果として、電子回折のエワルド球の半径はX線回折のそれよりもずっと大きくなる。このため、逆格子点の2次元分布がより詳細に明らかになる。

さらに、電子レンズによって回折実験の外形を変えることができる。概念上最も単純な外形は試料に平行な電子ビームをあてる場合である。しかし、試料に円錐状に電子を集中させると、試料に同時に複数の入射角で電子をあてることができる。この技法を収束電子回折 (CBED) と呼び、結晶の3次元の対称性を明らかにすることができる。

TEMでは、単結晶粒子を使って回折実験を行うこともある。つまり、ナノメートル台の大きさの1つの結晶に対して回折実験を行う。通常他の回折技法では、多結晶質や粉末の試料で回折実験を行う。さらに、TEMにおける電子回折は、結晶格子の高い解像度での画像処理や他の技術も含め、試料の直接的画像処理と結合できる。他の技術としては、結晶構造の特定、エネルギー分散型X線分光法(EDS)による試料の化学成分分析、電子エネルギー損失分光法(EELS)による電子構造や結合の解析、電子ホログラフィーによる平均内部ポテンシャルの研究などがある。

実用上の観点[編集]

図1. TEMにおける電子ビームの経路の概略図
図2: TEMの並列電子ビームによって得られる典型的な電子回折パターン

右の図1は、TEMにおける並列電子ビームの経路の概略図で、試料にあたってから蛍光スクリーンに映し出されるまでを描いている。電子は試料を透過する際に構成元素の持つ静電ポテンシャルによって散乱する。電子は試料を通過後、電磁対物レンズを通過する。このレンズは試料の1つの点を通過して散乱した電子を蛍光スクリーン上の1点に集め、それによって試料の像が形成される。なお、図の破線で示した面では、同じ方向に散乱させられた電子が1点に集まっている。これが顕微鏡の焦点面であり、回折パターンが形成されるところである。顕微鏡の磁気レンズを操作すると、像ではなくこの回折パターンをスクリーンに投影することもできる。このようにして得た回折パターンの例を図2に示す。

試料を電子ビームに対して傾けると、結晶のいくつかの向きの回折パターンが得られる。そうすることで、結晶の逆格子を3次元にマッピングすることができる。体系的な回折点の不在を調べることで、ブラヴェ格子を見分けたり、結晶構造内の螺旋軸映進面の存在を特定できる。

制限[編集]

TEMにおける電子回折には、いくつかの重要な制限がある。第一に、試料は電子を透過させるものでなければならず、試料の厚さは100 nm台かそれ以下でなければならない。そのため、試料の準備作業には細心の注意が必要で、時間もかかる。さらに多くの場合、試料は電子ビームを浴びることで破壊される。

磁性体を対象とする場合、磁場の中に電子があるとローレンツ力が働いて軌道がそれ、問題が複雑になる。なお、逆にそのことを利用して物質の磁性を研究するための装置が「ローレンツ力顕微鏡」である。しかしいずれにしても、磁場があると結晶構造の特定はほぼ不可能となる。

さらに、電子回折は結晶の対称性を判定するなどの「定性的」技法と見なされることが多く、格子の寸法や原子の位置といった正確な値を求めるのには適していないと言われている。しかし、電子回折を応用して未知の結晶の構造を特定した例がいくつかある。実際、格子のパラメータは電子回折の結果からでも正確に求めることができ、誤差は0.1%未満であることが示されている。しかし、最善の実験のための条件を整えるのは難しく、時間もかかり、実験結果の解析方法も複雑である。このため、X線回折や中性子回折で格子のパラメータや原子の位置を求めるほうが手っ取り早い。

TEMにおける電子回折の最大の制限は、他の技法と比較して利用者がしなければならないことが多い点である。粉末X線回折や中性子回折の実験は、データ解析までかなりの部分が自動化できているが、電子回折では利用者が入力しなければならないことが多い。

関連項目[編集]

参考文献[編集]

外部リンク[編集]