長崎のマグダレナ

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長崎のマグダレナ(ながさきの-、1610年慶長15年) - 1634年寛永11年)10月15日)は、江戸時代初期のキリシタン女性。カトリック教会聖人日本十六聖人の中の一人。ドミニコ会第三会修道女。

生涯[編集]

慶長15年(1610年)、マグダレナは長崎近郊の村にて誕生。両親は敬虔なキリシタン(カトリック教徒)であり、後に殉教したといわれる。知られているのは生年、生誕地、洗礼名(霊名、クリスチャン・ネーム)のみで、日本名は知られていない。

はじめ聖アウグスチノ修道会の司祭の指導を受けたが、後にドミニコ会の司祭ジョルダーノ・アンサローネ神父の指導を受けるようになる。彼女はその身を神にささげる決心をして第三会に入り、1632年(寛永9年)ごろ誓願を果たしたが、修練が終わらないうちに、アンサローネ神父は逮捕され、自らも奉行に出頭しキリシタンの修道女であることを告白した。容姿が美しかったため、役人は棄教すればよい結婚ができると薦めたが彼女はそれを拒み、拷問にかけられても信仰を捨てなかった。それに業を煮やした役人は西坂でマグダレナを穴吊の刑に処し、逆さ吊りにされた彼女は殉教(死去)した。

1981年昭和56年)、マグダレナは殉教と英雄的聖徳を称えられ、ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世によって、アンサローネ神父らとともにマニラ列福され、1987年(昭和62年)、ローマで列聖された。

参考文献[編集]

関連項目[編集]

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