リアーヌ・ド・プジー
リアーヌ・ド・プジー (Liane de Pougy, 1869年7月2日 - 1950年12月26日)は、フォリー・ベルジェールのダンサーで、パリで最も美しく最も悪名高い高級娼婦の一人である。小説『失われた時を求めて』の登場人物、「オデット」のモデルの一人と思われる。
本名はアンヌ・マリー・シャッセーニュ(Anne Marie Chassaigne)といい、サルト県ラ・フレーシュで生まれた。彼女は親の決めた結婚相手、高級船員のアルマン・プルプと結婚させられたが、夫に虐待され離婚に終わった。この結婚で一人息子マルコをもうけた。結婚が失敗に終わったあと、彼女はおもしろ半分に俳優業と売春に手を出した。
彼女はパリへ移り、フォリー・ベルジェールにおいてラ・ベル・オテロのライヴァルと目されるほどの地位に上がった。彼女は自身の上得意であるプジー伯(もしくは子爵)の姓をとって名乗るようになった。女優サラ・ベルナールは、リアーヌに演技をつける務めに直面すると、『舞台に上がったら、その可愛らしい口を閉じておくようにしたら良い』と助言した。リアーヌは、作家ナタリー・クリフォード・バーネイと同性愛の関係にあり、1901年に出版された小説に2人が互いに愛し合っていたことを記録している。
1920年、リアーヌはグルジアのプリンスだというジョルジェ・ギカと結婚し、自身もプリンセスとなった。この結婚は別居状態となったが正式な離婚はしなかった。第一次世界大戦で、一人息子マルコが飛行士として不慮の死を遂げると、リアーヌは信仰の生活に入り、修道女アンヌ・マリーとしてドミニコ会に入った。彼女は聖アニェス養護所の運営に関わり、生まれながらに障害を持つ子供たちの世話をした。リアーヌはローザンヌで亡くなった。81歳であった。