海援隊 (プロレス)

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海援隊(かいえんたい)はかつて存在したプロレスラーのユニット。みちのくプロレスWWFで活動した。ユニットのイメージカラーは青。

概要[編集]

平成海援隊[編集]

1994年みちのくプロレスSATO(現:ディック東郷)テリー・ボーイ(現:MEN'Sテイオー)獅龍(現:カズ・ハヤシ)が正規軍を離脱し「平成海援隊」として結成。ヒールユニットとして正規軍、デルフィン軍団と抗争を開始。しかしメンバー全員が故障したことによって活動停止に追い込まれてしまう。

海援隊★DX[編集]

カイエンタイ[編集]

その後、TAKAの後を追って東郷、テイオー、船木が海援隊としてWWFに参戦。ヤマグチ・サンことウォーリー山口をマネージャーにTAKAと抗争するが和解し、TAKAが再合流。しかし当時WWFのシナリオライターであったビンス・ルッソとの関係が悪化し1999年に東郷、テイオー、山口は帰国、TAKAとフナキの2人でカイエンタイとして活動していく。ユニットとしての活動の場はもっぱら前座戦線であったが、口パクに英語の吹き替えを当てるギミックでトップレスラーとの絡みも増えブレイクする。2000年にTAKAがプエルトリコプロレス学校KAIENTAI-DOJO」を設立。2001年にTAKAが負傷で欠場するとフナキのみの活動となり、2002年の来日興行でフナキの試合にTAKAがセコンドとして介入したのを最後に、TAKAがWWFを退団し解散。カイエンタイの名前は同年に日本で団体として旗揚げされたKAIENTAI-DOJOに受け継がれることとなった。

海援隊★DXの復活[編集]

  • メンバーがそれぞれ各団体で活躍する中、2006年インディーサミットでは海援隊★DXのメンバーが勢揃いする。海外団体と契約していたショー・フナキも合流し、一夜限りの再結成を行なった。
  1. 2006年12月31日 インディーサミット
    ディック東郷MEN'SテイオーTAKAみちのく獅龍ショー・フナキ
    vs 大石真翔●、KUDO岸勝也野橋真実ミラニートコレクションa.t.
    17分18秒 ダイビングセントーン
  • 2010年、ディック東郷が翌年をもって国内引退を発表。TAKAみちのくがK-DOJOにて、東郷引退までに「海援隊★DXファイナルカウントダウン」と題し、海援隊メンバー参加による数試合の敢行を発表。
  1. 2010年10月11日 CLUB-K TOUR in SAPPORO
    ディック東郷MEN'SテイオーTAKAみちのく
    vs 火野裕士旭志織大石真翔
    16分43秒 ダイビング・セントーン
  2. 2010年10月17日 CLUB-K SUPER outbreak
    TAKAみちのくFUNAKI
    vs 梶トマト●、滝澤大志
    15分52秒 ジャストフェースロック
  3. 2010年12月25日 CLUB-K SUPER overthrow
    MEN'Sテイオーカズ・ハヤシ、○TAKAみちのくFUNAKI
    vs ザ・グレート・サスケ、気仙沼二郎●、藤田ミノル湯浅和也
    10分55秒 みちのくドライバー2
  4. 2011年05月05日 CLUB-K SUPER necessary...
    ディック東郷ヤス・ウラノ
    vs TAKAみちのく●、HIROKI
    20分43秒 変形クロスフェースロック
  5. 2011年6月18日 CLUB-K SUPER K take
    ディック東郷MEN’SテイオーTAKAみちのくFUNAKI中島半蔵 with カズ・ハヤシ
    vs ザ・グレート・サスケ、スペル・デルフィン、新崎人生、グラン浜田、ヨネ原人

メンバー[編集]

平成海援隊[編集]

海援隊★DX[編集]

カイエンタイ[編集]

  • TAKAみちのく
  • フナキ
  • ディック東郷(1999年に脱退)
  • MEN'Sテイオー(1999年に脱退)
  • ヤマグチ・サン(マネージャー、1999年に脱退)

決め台詞[編集]

  • We are EVIL.(俺たちは外道だ)
吹き替えギミック時代のTAKAの決め台詞。この言葉の後にフナキが下記のIndeedを添えるのが定番。
  • Indeed(左様)
吹き替えギミック時代のフナキはこの台詞以外の台詞を一切喋らないという設定であった。