松本方哉

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まつもと まさや
松本 方哉
生誕 1956年????
日本の旗 日本 東京都
国籍 日本の旗 日本
職業 報道キャスター
団体 フジテレビジョン
業績 作品
流派 スタイル
公式サイト
フジテレビジョンのサイト内プロフィール
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松本 方哉(まつもと まさや、1956年 - )はフジテレビジョン報道キャスタージャーナリスト東京都出身。愛称は「ほーさい」。

目次

[編集] 来歴

  • 上智大学文学部英文学科卒業(首席卒業)。 1980年、ドラマ制作を希望してフジテレビへ入社したが、報道局に配属。外信部記者、『FNNニュースレポート6:30』ディレクター、官邸防衛庁記者、FNNワシントン支局長(1986年1990年駐在)を歴任。帰国後、外信部デスクや『タイムアングル』ニュースコーナーデスク、『FNNスーパータイム』デスク、広報局・編成局を経て、『FNNスピーク』・『FNNスーパーニュース』・週末ニュースの編集長、報道局報道番組部長、『ニュースJAPAN』プロデューサー兼ニュース編集長(2003年7月から)、解説委員を歴任。湾岸戦争同時多発テロアフガン戦争イラク戦争等の重大ニュースの時はほぼ毎回、情報デスクとして、報道センターからのリポートを担当。同年10月より同番組のメインキャスターに就任(編集長を兼務)。同年12月、イラクサッダーム・フセイン大統領が逮捕された時には、報道センターから第一報を伝えた。ほぼ完璧な英語を話すことができ、同番組のコーナー「INSIDE AMERICA」では最新のアメリカ情勢についてABC記者と英語で議論を行う。
  • 2007年11月22日の放送分から、「家族の看護の為」というフジテレビの説明で『ニュースJAPAN』への出演を見合わせ、2008年1月7日放送分でも「復帰にはまだ相当な時間が掛かる」と伝えられた。同年2月11日放送分から復帰し、自分の妻が重度のクモ膜下出血を患っていることを明かした。それからは月曜から木曜まで出演していたが、同年4月3日放送分で家族の介護に専念するため再び休みを取った。[1]なお、5月12日の放送から再び復帰。冒頭で本人が「看護は続いており、今後とも休みを取るなど、視聴者の皆さんにご迷惑をお掛けする事があるかもしれないが、これからもニュースを届けるために尽力する」という趣旨のコメントを行った。
  • 2009年7月27日、事態は好転しなかった模様で、家族の看護に専念したいという理由により『ニュースJAPAN』のキャスターを降板する(企画は籍を置いている)旨の発表が、番組冒頭で共演者である滝川クリステルより告知された。

  ブックメーカー(深夜のクイズ番組)の出題、自ら出演経験あり。

  安全保障・米国関係全般が専門である。

[編集] 人物

  • メールの最後に「ほ」と自分の署名をつける
  • FNNスピーク』編集長時代には『パイプマン』と呼ばれていた。
  • 国際取材経験が豊富で、特にアメリカ情勢に強い。
  • ニュースJAPAN』で、相棒の滝川クリステルが高い評価を受ける裏に、「彼の教え方が良いから」と松本を同時に評価する意見もあった[2]。そんな相棒の滝川も、自身の降板から2ヵ月後の2009年9月25日放送分をもって『ニュースJAPAN』を去ることになった。滝川が降板を決めたのは、師ともいえる松本が降板したためとも言われている。
  • 『ニュースJAPAN』のコーナー、「INSIDE AMERICA」で英語を話す際には普段に増して声が高くなる。

  座右の銘は「肝心なことは目に見えない」(星の王子様より)。

[編集] 著書

[編集] 脚注

  1. ^ この話は、小学館が発売している女性週刊誌女性セブンでも取り上げられた。
  2. ^日経エンタテインメント!』(日経BP社)の連載「テレビ証券」より

[編集] 関連項目

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