東日本ハウス
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| 種類 | 株式会社 | ||
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| 市場情報 |
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| 本社所在地 | 〒020-8586 岩手県盛岡市長田町2-20 |
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| 電話番号 | 019-624-3261 | ||
| 設立 | 1969年2月13日 | ||
| 業種 | 建設業 | ||
| 事業内容 | 在来木造住宅の設計・施工・監理・販売 宅地建物取引業 建材資材・住宅関連商品の販売 |
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| 代表者 | 代表取締役社長 成田和幸 | ||
| 資本金 | 38億7,337万円 | ||
| 売上高 | 連結664億16百万円 (2008年10月期) |
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| 純資産 | 連結75億41百万円 (2008年10月末現在) |
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| 総資産 | 連結500億30百万円 (2008年10月末現在) |
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| 従業員数 | 連結1,872名(2008年4月末現在) | ||
| 決算期 | 10月末日 | ||
| 主要株主 | (有)東日本ハウスHLD 21.76% 中村功 9.30% 自社社員持株会 8.78% (2007年10月末現在) |
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| 外部リンク | http://www.higashinihon.co.jp/ | ||
東日本ハウス株式会社(ひがしにほんハウス)は、岩手県盛岡市と東京都千代田区に本社のある建設会社。登記上の本社は盛岡市。ジャスダック証券取引所上場企業である。1969年2月13日に盛岡市にて設立された。
創業者・中村功が経営者向け政治学習会「漁火会」を組織。かつては右派政党「青年自由党」を組織し、映画「プライド・運命の瞬間」「ムルデカ17805」などに出資するなど、手広く政治活動を行なっていた。
功の長男、中村力は元衆議院議員(青年自由党→自民党)。
目次 |
[編集] 沿革
- 1969年2月 - 中村功、岩手県盛岡市にて「東日本ハウス株式会社」を設立。
- 1971年3月 - 木造注文住宅の本格販売を開始する。
- 1972年3月 - 仙台支店を設置(東北地方展開の一歩として)。
- 1974年3月 - 宇都宮営業所を設置(関東地方進出)。
- 1975年2月 - 札幌支店を設置(北海道地方進出)。
- 1976年4月 - 静岡支店を設置(中部地方進出)。
- 1978年1月 - 岡山営業所(現:支店)を設置(中国地方進出)。
- 1979年3月 - 大分支店を設置(九州地方進出)。
- 1979年6月 - 在来工法住宅としては初となる「耐震工法」を完成する。
- 1987年7月 - 高松営業所(現:支店)を設置(四国地方進出)。
- 1988年8月 - 同社株式を店頭登録。
- 2005年3月 - 本社を盛岡市と東京都千代田区の2社体制となる。
[編集] 関連会社
[編集] その他
- かつて東京都銀座に自社ビルディングである「チャンドラ・ボースビル」を持っていたことがあった。1997年に購入し、銀河高原ビールの東京拠点および貸しビルとして運用していた。管理は、映画「プライド・運命の瞬間」の製作のための受け入れ子会社である「東京映像制作」が行っていた。しかし、マスコミのイデオロギーに合わないとしてマスコミにも無視されたインドネシア独立に命を掛けた日本人など、史実に近い映画「ムルデカ17805」や本業の不振もあって、2007年に売却された。

