エレクトリカルパレード

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エレクトリカルパレードElectrical Parade)は、世界各国のディズニーテーマパークで公演されているエレクトリカルパレード群の総称である。電球光ファイバー発光ダイオード等を用い装飾したフロートに乗った出演者が、踊りやパフォーマンスを行いながら進む夜間のパレードである。

公演[編集]

現在行われている公演[編集]

ディズニー・メインストリート・エレクトリカルパレード
東京ディズニーランド・エレクトリカルパレード・ドリームライツ

過去に行われた公演[編集]

歴史および音楽[編集]

初代メインストリート・エレクトリカルパレードは、ウォルト・ディズニー・カンパニーでイベントプロデューサーを務めたボブ・ジャニによって制作された。最もよく知られているものが1972年にアナハイムのディズニーランドにて初めて公演されたものである。ディズニーリゾートにおけるパレードの定番である。

基本となるテーマソングは『バロック・ホウダウン』である。これはもともと、ガーション・キングスレイジャン=ジャック・ペリーによるユニット「ペリー&キングスレイ」によって1967年に発表された楽曲である(この2人は、後にこの曲がエレクトリカルパレードで起用された時、そのことをまったく知らされていなかったという)。このパレードに採用されるにあたって、当初はジム・クリステンセンとポール・ビーバーによってアレンジされたものが使用されたが、1977年にドン・ドーシーとジャック・ワグナーによる再アレンジが行われ、カルフォルニアでは2009年頃まで使用された。また、2001年に東京で「ドリームライツ」としてリニューアルして復活した際、テーマソングがグレゴリー・スミスによって大幅にアレンジされた。カリフォルニアでも2009年からこのバージョンが使用され、2010年にマジック・キングダムへ移行されてからも使用されている。

また曲中にはディズニーキャラクターそれぞれの音楽のメドレーが展開される。最後は『ミッキーマウス・マーチ』で締めるのだが、最近はそのままキンキンした音で終わるバージョンが使用されている。キャラクターが増えると共に演奏時間も増加しており、始めは8分だったのが「ドリームライツ」バージョンでは全部で20分超となった。これは、『トイ・ストーリー』でバズ・ライトイヤーの台詞が入ったり、『バグズ・ライフ』が登場したのが影響している。なお、『It's a Small World』は現在に至るまで必ず重要なポジションに設定されており、最後のクライマックスの前か、『ミッキーマウスマーチ』で展開されるようになっている。なお、このパレードの構成曲を吹奏楽向けに編曲したものが『ニュー・サウンズ・イン・ブラス』(第20集:1992年)に収録されている。

東京ディズニーランドの「ドリームライツ」ではリメイクという色合いが強く、アンダーライナーがユニットごとに切り替わるという手法が用いられている。

東京ディズニーランド・エレクトリカルパレード[編集]

東京ディズニーランド・エレクトリカルパレード(とうきょう-)は、1985年3月9日から1995年6月21日にかけて東京ディズニーランドで開催されていた夜のレギュラーパレード。スポンサーは日本ユニシス。使用された楽曲は『バロック・ホウダウン』(Baroque Hoedown、原曲はベリー&キングスレイ英語版によるもの)。

概要[編集]

東京ディズニーランドで初めて行われた夜のパレードであり、米国ディズニーパークで公演している「エレクトリカルパレード」を東京パークに移植したものである。キャッチフレーズは「光の中で夢見に来ませんか」。先頭から最後尾までの長さが900メートル、100万個に及ぶライトで彩られた33台のフロートが使用され、きらびやかなパレードは人々の人気を集めた。当時、日本人の感覚からすれば、パレードといえば昼にやるものという認識だったが、その認識を覆した。昼のパレードを「Dパレ」というのに対し、「Eパレ」と社内では称した。

終了後は「ディズニー・ファンティリュージョン!」に代わられた。その後2001年6月1日からはリメイク版として「東京ディズニーランド・エレクトリカルパレード・ドリームライツ」として復活した。

サヨナラ東京ディズニーランド・エレクトリカルパレード[編集]

サヨナラ東京ディズニーランド・エレクトリカルパレードは、1995年5月8日から1995年6月21日まで開催された「東京ディズニーランド・エレクトリカルパレード」の特別バージョン。最終日近くでは1日2回公演が実施されたこともある。

パレード先頭に「SAYONARA TOKYO DISNEYLAND ELECTRICAL PARADE」の電飾のあるフロートが追加されるなどの変更が加えられた。

また、最終日である1995年6月21日には、前述の追加された先頭フロートの前にファイアーエンジンにスポンサーである日本ユニシス関係者が乗車し登場している。