新渓郡
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| 新渓郡 | |
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| 位置 |
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| 各種表記 | |
| ハングル: | 신계군 |
| 漢字: | 新溪郡 |
| 発音: | シンゲ=グン |
| ローマ字転写: | Sin'gye-kun |
新渓郡(シンゲぐん)は、朝鮮民主主義人民共和国黄海北道に属する郡。
目次 |
地理 [編集]
黄海北道の北部に位置する。
隣接する行政区画は以下の通り。
歴史 [編集]
三国時代初頭には高句麗と百済が争った領域である。百済の統治下、この地は沙所兀(サソオル / 사소올)および買且忽(メチャホル / 매차홀)と呼ばれていた。この地に高句麗が勢力を伸張させると、買且忽を改めて水谷城が置かれた。
統一新羅時代、沙所兀は新恩県に改められ、水谷城も県となった。高麗時代、水谷城は俠渓県と改称された。朝鮮王朝成立後の1396年、新恩県と俠渓県が統合され、新渓県が編成された。
1895年の行政区画再編により開城府所属の新渓郡となり(二十三府制)、14坊が属した。翌1896年に黄海道遂安郡となり(十三道制)、坊が面に改められている。
韓国併合後の1914年の行政区画再編では、兎山郡の一部(美原面)を編入するとともに、面の統廃合が行われた。その後も数度にわたり面の統合が行われており、1939年時点で、黄海道新渓郡は以下の8面から成っていた。
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朝鮮民主主義人民共和国成立後、1952年12月に行われた行政区画再編によって、沙芝面の一部が遂安郡に、村面が谷山郡にそれぞれ編入され、残る部分が新たな新渓郡(1邑24里)として再編成された。新溪邑は旧新渓面内に置かれている。
行政区画 [編集]
2002年10月現在、新渓郡は1邑27里からなる[1]。
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交通 [編集]
鉄道 [編集]
- 砧橋駅 - 新渓駅 - 丁峰駅
脚注 [編集]
- ^ “北韓地域情報ネット・行政区域情報館 新渓郡” (朝鮮語). 2012年9月23日閲覧。
外部リンク [編集]
- (朝鮮語) 中央日報北韓ネット・北韓地名辞典 新溪郡
- (朝鮮語) 北韓地域情報ネット・行政区域情報館 新渓郡
| 遂安郡 | 谷山郡 板橋郡 |
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