金川郡

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金川郡
位置
DPRK2006 Hwangbuk-Kumchon.PNG
各種表記
ハングル 금천군
漢字 金川郡
発音 クムチョン=グン
ローマ字転写 Kŭmch'ŏn-gun
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金川郡(クムチョンぐん)は、朝鮮民主主義人民共和国黄海北道に属する郡。

地理[編集]

黄海北道の南部、礼成江流域に位置する。

歴史[編集]

前近代[編集]

三国時代には百済、のちに高句麗の版図であった。統一新羅時代には牛峰県とされ、漢州に属した。高麗王朝成立後の995年、関内道の所属の県となる。1015年、西海道平州に編入される。1061年には開城府に編入された。

朝鮮王朝成立後の1395年、豊海道(のちに黄海道)牛峰県となる。1652年、黄海道牛峰県と開城府江陰県が合併され、黄海道金川郡に改編された。

近代[編集]

1895年には地方制度改革によって金川郡と兎山郡が分離され、開城府に属した(二十三府制)。翌1896年には黄海道所属となった(十三道制)。日本統治下の1914年、兎山郡が廃止され、その大部分が金川郡に編入された。1943年現在、13・110が所属した。

  • 金川面 - 금천면【金川面】 (クムチョン=ミョン)
  • 古東面 - 고동면【古東面】 (コドン=ミョン)
  • 西北面 - 서북면【西北面】 (ソブク=ミョン)
  • 山外面 - 산외면【山外面】 (サヌェ=ミョン)
  • 牛峰面 - 우봉면【牛峯面】 (ウボン=ミョン)
  • 雄徳面 - 웅덕면【雄德面】 (ウンドク=ミョン)
  • 左面 - 좌면【左面】 (チャ=ミョン)
  • 西泉面 - 서천면【西泉面】 (ソチョン=ミョン)
  • 外柳面 - 외류면【外柳面】 (ウェリュ=ミョン)
  • 兎山面 - 토산면【兎山面】 (トサン=ミョン)
  • 合灘面 - 합탄면【合灘面】 (ハプタン=ミョン)
  • 口耳面 - 구이면【口耳面】 (クイ=ミョン)
  • 県内面 - 현내면【縣內面】 (ヒョンネ=ミョン)

現代[編集]

1947年、長豊郡から北面を編入。1950年、西北面と山外面を延白郡に移管し、12面・103里に再編した。

1952年12月に行われた郡面里統廃合に伴い、牛峰・金川・古東・北・雄徳面全域と冬火面の一部(1里)、長豊郡嶺北面の一部(3里)・西南面の一部(1里)、平山郡平山面の一部(2里)を併せ、金川郡(1邑16里)が再編され、旧金川面にが置かれた。旧金川郡のうち、外柳・合灘・左・口耳面の全域と兎山面の一部(10里)を兎山郡に、冬火面の5里を平山郡に、兎山面の一部(3里)を江原道鉄原郡にそれぞれ移管した。

2002年10月現在、1邑14里が置かれている。

年表[編集]

  • 1652年 - 黄海道牛峰県と開城府江陰県が合併され、金川郡が設置される。
  • 1895年 - 兎山郡と併合され、開城府に属する金川郡となる(二十三府制)。
  • 1896年 - 黄海道所属となる(十三道制)。管下に15面があった。
郡内面・九水面・県内面・馬山面・右面・北面・西面・東面・古県面・合灘面・好賢面・左面・山外面・冬火面・口耳面
  • 1914年 - 兎山面を編入し、行政区画を改編、15面とする。
金郊面・白馬面・古東面・県内面・月城面・外柳面・西泉面・西北面・合灘面・好賢面・左面・山外面・冬火面・口耳面・宿仁面
  • 1929年 - 金郊面を金川面に改称。
  • 1939年 - 県内面と白馬面を合併し牛峰面に、好賢面と冬火面を合併し雄徳面にそれぞれ改称。
  • 光復直後 - 雄徳面から好賢面が分離される。
  • 1947年 - 長豊郡から北面を編入。
  • 1950年 - 西北面と山外面が延白郡に移管される(12面)。
兎山面・外柳面・冬火面・雄徳面・牛峰面・口耳面・西泉面・左面・合灘面・金川面・古東面・北面
  • 1952年 - 金川郡を再編(1邑16里)。
  • 1954年 - 黄海道の分割により黄海北道に所属。
  • 1961年 - 江南里を開豊郡に、山城里を長豊郡に移管。

交通[編集]

鉄道[編集]

外部リンク[編集]