恋のエチュード

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恋のエチュード
Les Deux anglaises et le continent
監督 フランソワ・トリュフォー
脚本 フランソワ・トリュフォー
ジャン・グリュオー
原作 アンリ=ピエール・ロシェ
『二人の英国女性と大陸』
製作 マルセル・ベルベール
出演者 ジャン=ピエール・レオ
キカ・マーカム
ステーシー・テンデター
音楽 ジョルジュ・ドルリュー
撮影 ネストール・アルメンドロス
編集 ヤン・デデ
配給 日本の旗 東和
公開 フランスの旗 1971年11月26日
日本の旗 1972年12月23日
上映時間 132分
製作国 フランスの旗 フランス
言語 フランス語
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恋のエチュード』(原題: Les Deux anglaises et le continent)は、フランソワ・トリュフォーの監督による、1971年フランスの長編映画である。原作はアンリ=ピエール・ロシェの小説『二人の英国女性と大陸』。

オリジナル版は132分だが、映画が不評だったため[1]、劇場側の要請に答えて20分ほどカットした118分のパリ公開版と、全体の流れをスムーズにするためにさらにカットした106分のアメリカ公開版がある。日本での公開は106分版であった(因みに日本でのオリジナル版『恋のエチュード 完全版』公開は1987年5月)。最初の公開のとき、初夜で血が流れるシーンに抗議が殺到したため、パリ公開版ではそのシーンはカットしてある。

あくまで観客があってこそ映画であると考えるトリュフォーにとっては、本作の興行的な失敗は苦い経験だった。不評の原因は娘がロウソクを持って暗い階段を昇るシーンに象徴されるようなあまりにも感傷的な演出にあると判断したトリュフォーは、後に本作と『アデルの恋の物語』、『緑色の部屋』を自ら「ロウソクの3部作」と呼んで撮り直しを図っている。また、『アメリカの夜』には女優の顔を照らす照明をカメラから見えない位置に備え付けた特殊なロウソクの小道具が登場している。このようにトリュフォーがひとつのシーンにこだわって見せた背景には、「run for cover(確実な地点に戻ってやり直せ 『定本 映画術―ヒッチコック・トリュフォー』)」というアルフレッド・ヒッチコックから学んだ「映画術」が活かされている。

一方で、ネストール・アルメンドロスの撮影による映像美は高く評価されている。

ストーリー[編集]

フランスの青年クロードは、母親の旧友の娘でオーギュスト・ロダンの彫刻が好きというアンに出会う。彼女の誘いでイギリスへ渡ると、そこにはアンの3歳年下で、眼を病んだ妹のミュリエルがいた。二人は「大陸」と呼び、「フランス」と呼んだ。クロードは姉妹の両方を愛してしまい、姉妹のほうも2人ともクロードを愛するようになる。結婚について、姉妹の母ブラウン夫人は異存なかったが、一人息子を奪われる悲しみから、ロック夫人は猛反対し、妥協案として、一年後、二人の情熱が変らなければ結婚してもいい、会うことも文通も禁じられた。

クロードは美術関係の仕事を始め、女性画家との情事にふける。ミュリエルに別離の手紙を書き、承知したという返事がj来る。クロードは美術評論家として売り出し、女性遍歴を重ねる。

ある日、パリで彫刻の勉強に励むアンに再会し、スイスの貸別荘で結ばれる。情事が重ねられ、女として目覚めたアヌはディウルカというスラブ人とペルシャに旅立つ。日曜学校の先生になったミュリエルはピューリタンの厳しい生活を送っていた。4年ぶりに姉に連れられてクロードの前に現われる。二人の愛の成就を望んだアンは、クロードとのことをミュリエルに打ち明けるが、ショックで気絶。妹を国へ連れ帰り、ミュリエルは別れの手紙で、姉妹で同じ男を恋し、今も愛する悲運を嘆く。クロードは絶望の中で最初の小説『ジェロームとジュリアン』を書き上げる。病に倒れたアンは息を引き撮る。クロードはミュリエルの消息を知り、ホテルの一室で二人は激しく抱擁した。出会いから7年の歳月が流れていた。翌朝彼女は人生に確信を抱い去る。クロードは一人になる。

15年-風の便りに、ミュリエルは教師と結婚し、男と女の子をもうけたという。クロードはかつてアンと通ったロダン美術館を訪れる。バルザック像を見上げる。タクシーの窓ガラスに映る自分の姿。これが僕か?

キャスト[編集]

  • クロード・ロック:ジャン=ピエール・レオ
  • アン・ブラウン:キカ・マーカム
  • ミュリエル・ブラウン:ステーシー・テンデター
  • ブラウン夫人:シルヴィア・マリオット
  • ロック夫人:マリー・マンサール
  • ディウルカ:フィリップ・レオタール
  • ルータ:イレーヌ・タンク
  • モニーク・ド・モンフェラン:アニー・ミレール
  • フリント氏:マーク・ピーターソン

概説[編集]

  • 死の直前まで医者を呼ばないアンのモデルは、『嵐が丘』の作者エミリ・ブロンテ。エミリは死ぬ2時間前まで医者を呼ぶことを許さなかったという。
  • ブラウン一家の住むウェールズの風景の撮影のほとんどはフランスのノルマンディーで行われた。これは、トリュフォーが『華氏451』での苦労以来、イギリスに滞在することを嫌がったためである。

脚注[編集]

  1. ^ レオに良家のおぼっちゃんを演じるように言ったがジャック・リヴェットは「まるで日本映画みたいだ」と酷評し、トリュフォーは『雨月物語』や『近松物語』が無意識に脳裏にあったと思ったりもしたが、批評家は酷評した(山田宏一蓮實重彦『トリュフォー 最後のインタビュー』平凡社 2014年pp.380-401)。

外部リンク[編集]