山下義韶

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山下義韶
1888年(明治21年)頃の警視庁武術世話掛。最前列左から2人目山下義韶

山下 義韶(やました よしつぐ、1865年3月13日元治2年2月16日)- 1935年昭和10年)2月26日)は、日本柔道家講道館四天王の一人で、史上初めて十段位を許された人物でもある。一部で名前の読みを「よしあき」とする文献があるが、これは誤り。

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年譜 [編集]

横山作次郎西郷四郎富田常次郎と共に講道館四天王とされた。

2008年現在、柔道十段を認められたものは山下を含めわずか15人である。

なお、山下の墓所は戦災の影響などで資料が喪失しており、東京新宿常圓寺で昭和10年に葬儀が執り行われたことが判っている以外、所在地に関する詳細は一切不明である。

モデルとしたフィクション [編集]

映画
  • 柔道一代シリーズ - 山下をモデルにした中山仙造が登場する

関連項目 [編集]

外部リンク [編集]