天川由記子

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天川 由記子(あまかわ ゆきこ、1958年昭和33年)12月3日 - )は、日本政治学者。現在、東京福祉大学教授。2009年度まで、帝京大学短期大学准教授であった。

目次

[編集] 略歴

[編集] 若年・学生時代

東京都生まれ、アメリカ育ちの帰国子女上智大学外国語学部比較文化学科卒業。アメリカに通算で13年、その他、オーストラリアイギリスフランスにそれぞれ居住したことがある[1]。英語が堪能で、上智大学在籍中から同時通訳として通訳を務める。

大学3年次に、アメリカのミズーリ大学コロンビア校大学院政治学部に留学し、政治学修士号取得[2]。25歳で大学院を卒業し、日本へ帰国[1]

[編集] キャスター

帰国後、NHKの中途採用で、専属キャスターになる。NHKがはじめた衛星放送の初代キャスターで、株式情報番組を担当した。原稿を読むだけでなく、自分で取材し、自分で原稿を書ける女性キャスターの草分けであるが、報道ニュース以外にも多数の番組を担当した。例えば、一時期、NHK教育テレビの英語会話上級講師など、堪能な英語力を買われていくつかの英語番組を担当したことがある。連続ドラマのナレーションも担当した。

その後、テレビ東京に社員アナウンサーとして移籍。テレ東でも、報道番組を担当。大学院卒業の初の女性アナウンサーとして、当時は、高学歴アナとしても話題になり、大々的に売り出された。

アナウンサー時代は、山口美江とともに、アナウンサーの元祖バイリンギャルとして一世を風靡した。

[編集] 学界への転身

35歳のとき、知人に請われて、水戸短期大学助教授に転身。転身後も、民放各局に起用された。

[編集] 参院選出馬

1993年自由民主党分裂、細川連立政権の発足による55年体制崩壊後、武村正義の誘いで新党さきがけから1995年参院選に出馬するも、落選。その後、国際政治学者として、アメリカ政治学会など、海外の主要学会に出席。

[編集] 政界との関係

  • 父親が福田派の重鎮のアドバイザーであった縁から、2000年4月に森内閣が発足すると、森喜朗首相をよく知る学者として、テレビを中心としたマスメディアに出演した。

[編集] 帝京大学、東京福祉大学

その後、帝京大学から誘われて、移籍。帝京大学短期大学准教授として、主に日米関係の研究を行った。専門は、政治学・国際関係論、アメリカ研究。現在は、シンクタンク「国際関係学研究所」所長として、マスコミや海外でも、政治学者として活躍している。

[編集] 高木ブーとの交際

2009年4月1日夕刊フジに、「高木ブーが天川と結婚したい」と発言し、記事になったことで、ふたりの交際が明らかになった。一方の天川は、4月1日付けの夕刊フジに掲載された記事によると、結婚や入籍にはひとこともふれず、あくまで結婚を視野にいれたよい交際をしていることを認めたにすぎない。

4月2日産経ニュースでは、高木ブーとの関係について「結婚を視野に入れたとてもよい大人のお付き合いをさせていただいています」と本人公式ブログの内容を一部引用した上で紹介された。同年3月に高木ブーの自宅にて娘を交えた3人で話し合いの場を設けたこと、弁護士を交えて生前遺言の作成を行ったことも報じられている[3]

[編集] 父親

父は学者・評論家の天川勇福田赳夫は勇の死去に際し、葬儀委員長を務め、「国家の損失である」とその死を悼んだ。

[編集] 脚注

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[編集] 外部リンク

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