大筒

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百目玉火矢銃と火縄銃百目玉抱え大筒
抱え大筒を持つ男(歌川国芳画)

大筒(おおづつ、熕とも書く)は、日本の戦国時代後期から江戸時代にかけての大砲の呼称であり、その一種の事。

概要[編集]

戦国時代後期より用いられ、攻城戦海戦において構造物破壊に威力を発揮した。

江戸時代初期までの分類は明確に決められておらず、文献によって解釈は異なるものの、石火矢との区別として鍛造による製、前装式で弾丸重量は二十(約 75g )~数百匁クラスのものも存在し、その種類は多彩である。基本的には砲身のみで土俵や木製の架台に固定し差火を用いて発射する。大鉄砲という火縄銃の様なカラクリを用いた点火方式と銃庄を有するものもあるが、これらの弾丸重量は数十匁が限界である。

装填部のガス噴出が伴う石火矢に比べ威力に優れ、また鍛造であるため鋳造砲に比べて砲身が破裂する危険は小さかった。また原材料の違い(石火矢は、大筒は鉄)で比較的安価に製造できるが、鍛造技術の限界により大口径のものは製造できず、当時は一目が限界とされる。

後に、石火矢の代わりに青銅を用いた鋳造による前装砲(和製大砲)が製造されるようになると、両者は混在して呼ばれるようになった(もっとも、それ以前からその傾向は存在する)。

有名な大筒としては靖国神社遊就館が所蔵する芝辻砲(一貫目)がある。

雑賀衆が鉛玉の代わりに焙烙玉を詰めて発射する焙烙火矢を使用していた。

関連項目[編集]