射石砲

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"手持ち型の射石砲", 1390-1400.
自重200kg、錬鉄製の射石砲、1450年製、重量6kg 直径82cmの石弾を撃ち出せた
エルサレムの聖ヨハネ騎士団の射石砲, ロードス、1480-1500年頃。歴史上最大の射石砲。オスマン帝国の攻撃からロードスの城壁を守るために作られた物。自重3,325kgで、重量260kgの石弾を撃ち出せた。

射石砲しゃせきほう)はボンバードとも呼ばれた、中世に用いられた最も初期の大砲の一種。その名のとおりを打ち出すもので、大体は攻城戦で用いられた。

一般に臼砲とされる場合が多いが、カノン砲のようなものもある。 最も初期の射石砲は火薬も性能が悪く、威力も相当低く城壁はおろか簡単な壁すら破壊することは困難な代物であった。火薬の性能が上がるまでは射石砲の研究はできるだけ大きい石を飛ばすことに限られた。そのため戦場への運搬が困難など汎用性の低いものであったが、火薬の研究が進み性能が飛躍的にあがると次第に射石砲は小型化が進み、威力もかなり上昇し、さらには鋼鉄の弾を使用する型も現れるようになった。

代表的な射石砲にはモンス・メグがある。これはベルギーで1449年に作られたもので、 186kg の石を発射することができた。実戦では1455年のスリーヴ城攻城戦で用いられた。モンス・メグの大半は破壊されたが、一部はエディンバラ城で展示されている。現在でもイタリア語では榴弾砲を射石砲と同様に bombarda と呼ぶ。