大いなる幻影

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大いなる幻影
La Grande Illusion
監督 ジャン・ルノワール
脚本 シャルル・スパーク
ジャン・ルノワール
製作 アルベルト・ピンコヴィッチ(クレジットなし)
フランク・ロルメール(クレジットなし)
出演者 ジャン・ギャバン
ディタ・パルロ
ピエール・フレネー
エリッヒ・フォン・シュトロハイム
音楽 ジョゼフ・コズマ
撮影 クリスチャン・マトラ
編集 マルト・ユゲ
マルグリット・ルノワール
配給 フランスの旗 RAC
日本の旗 三映社
公開 フランスの旗 1937年6月8日
日本の旗 1949年5月21日
上映時間 114分
製作国 フランスの旗 フランス
言語 フランス語
ドイツ語
英語
ロシア語
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大いなる幻影』(おおいなるげんえい、原題・フランス語: La Grande Illusion)は、1937年に製作・公開されたフランス映画

概要[編集]

作品が出来るまで[編集]

第一次世界大戦のフランスとドイツの戦いを背景にジャン・ルノワールが監督、ジャン・ギャバンが主演した。脚本はルノワールとシャルル・スパークが共同で執筆している。 ルノアールは従来の戦争映画が、娯楽中心の安直な愛国精神を謳ったものばかりなのに不満を持ち、「戦闘員たちの真実の姿」を描く作品を作ろうと、自らの戦争体験(航空隊に所属し、空中から敵陣を撮影する偵察任務についていた。)を元に原型を作って行った。 初め「マルシャル大尉の脱出」との題で、スタッフ・キャストとも決定していたが、周囲の理解を得られず3年近くもお蔵入りしていた。悩んだルノアールは友人の監督ジュリアン・デュヴィヴィエに作品を譲ろうとしたが、こんな兵隊だらけの映画はつまらんと断られ、「仕方ない。私がつくるしかない。」と決めたと自伝で述べている。タイトルも容易に決まらず、撮影編集が済んだ時点で半ばいい加減な形で「大いなる幻影」と決められた。

撮影[編集]

ルノアールは徹底したリアリズムを用い、ギャバンに監督自身が着た軍服を用いるように言ったり、ドイツ側の資料には元ドイツ軍砲兵大尉で友人の監督カール・コッホの協力を求めるなど、極力、第一次大戦の再現に務めた。だが、シュトロハイムの軍服を事実よりも華美にするなど、演出上いくつかの点では写実を排するなどし、その理由を「良い作品を作り上げるために、どうしてもその部分が夢の要素を幾分なりとも含んでいることが、私にとっては必要」だとルノアールは述べている。とくに捕虜収容所を舞台とした点では彼自身の映画のテーマでもある「人間同士の邂逅」を狙ったもので、その後の戦争映画に大きな影響を及ぼしている。

シュトロハイムとの軋轢[編集]

キャストの中でも、もっとも存在感を出したのが、騎士道の権化のような軍人を演じたシュトロハイムであった。彼は、ルノアールの言葉を借りれば「ヘヴィー・ウェート級の巨人」のような重要な存在であった。彼の演じる収容所長は、ギャバン、フレネーに負けないようにとそれまでの端役から重要な存在に書きかえられたほどである。

だが、シュトロハイムの姸かいな性格は現場でも様々なトラブルを生み、スタッフを困らせた。冒頭の酒保の場面で売春婦を出せと難癖をつけたため、ルノアールは尊敬する映画人の我儘に泣きだし「もうこれ以上の新たな論議を繰り返すなら、この映画の監督は、あなたにお任せする、と私は申し出た。」この態度に流石のシュトロハイムも譲歩して「奴隷の従順さを持って」指示に従うと約束した。その後、シュトロハイムは長期のアメリカ在住でドイツ語をほとんど忘れてしまったにもかかわらず演技をした。

ルノアールの評価

  • 「『大いなる幻影』は、一見きわめて厳密なリアリズムに依っているように見えながら、実は観る者を、事実の世界を越えた幻想の領域に導いていく様式化の傾向を含んでいるのだ。この夢に向かう途の数々、その大部分を私はシュトロハイムのお陰で見出した。この点について、シュトロハイムのに対する私の感謝の念は尽きることがない。」
  • 「天才が、現実そのままだが閃きのないコピーに打ち勝った。」(自伝より)

反響[編集]

発表当時センセーショナルな反響を呼び、ルーズベルト大統領は「世界の民主主義者は見るべきだ!」と称賛したが、ドイツ、イタリアなどのファシスト国家では反戦的人道的内容が批判され、ゲッベルスは「民衆に敵対する映画第一位」と批判、フランス国内でも上演禁止騒ぎが起こるなど賛否両論を引き起こした。(自伝によると、ムッソリーニは内容はともかくも、作品の芸術性を評価し、1939年、ルノアールを映画専門の教育機関「チェントロ・スペリメンターレ」に招いて講義してほしいと正式に申し入れた。フランス政府は当時中立を保っていたイタリアの機嫌を損ねたくないとの意向もあって、ルノアールはイタリアに向かって講義を行った。)

数奇な運命[編集]

パリ占領後にはネガフィルムがドイツに持ち去られ行方不明となり、その後の戦火の中で完全版は消失した。戦後残された不完全版が公開されたが、反独感情の残る国々からは敵国同士の交流を描いた内容が不謹慎として批判されるなど、名作にも関わらずこの作品は政治の荒波の中で翻弄された。ルノアール自身「この映画で我が名声は上がったが、どれだけ誤解を招いたか。」と自伝で述べている。

完全版の復活へ[編集]

不完全版に不満を持ったルノアールは復元版を完成させるべく、シネマテーク・フランセーズルネ・リヒテイグの協力を得、1958年新たに発見されたネガをもとに「完全版」を作り上げ、パリで公開された。この年の「国際優秀映画祭」(ベルギーで開催)では5位に入賞新たにその価値が見直された。

さらにソ連崩壊後、ネガフィルムがモスクワフィルム・アーカイブで発見され(敗戦直後、ナチス高官が保管していたのを持ち去ったと言われている。)復元後、オリジナル完成時の姿で公開された。

日本での上映[編集]

日本では1938年(昭和13年)輸入された際、検閲により上映禁止となり、第二次世界大戦後の1949年(昭和24年)公開が実現した。1976年(昭和51年)、東京岩波ホールでルノアール編集の完全版が公開された。

あらすじ[編集]

第一次世界大戦の欧州戦線、ドイツ軍の捕虜となったフランス軍人、労働者のマレシャル中尉と貴族のド・ボアルデュー大尉は、ドイツ軍人ラウフェンシュタイン大尉や捕虜仲間でユダヤ人銀行家のローゼンタールなどと交流を深める。やがて祖国のために脱出を繰り返し、ボアルデューはラウフェンシュタインによって射殺され、マルシャルはローゼンタールとともにドイツ国内を逃げ回る。・・・その中で、民族とは、階級とは、戦争の悲惨さ、国家とは、などのさまざまなテーマが浮かび上がる。

キャスト[編集]

  • マレシャル中尉:ジャン・ギャバン(吹き替え:早野寿郎
  • エルザ:ディタ・パルロ
  • ド・ボアルデュー大尉:ピエール・フレネー
  • ラウフェンシュタイン大尉:エリッヒ・フォン・シュトロハイム
  • ローゼンタール中尉:マルセル・ダリオ
  • カルティエ:ジュリアン・カレット

スタッフ[編集]

  • 監督:ジャン・ルノワール
  • 助監督:ジャック・ベッケル
  • 製作:アルベルト・ピンコヴィッチ(クレジットなし)、フランク・ロルメール(クレジットなし)
  • 脚本:シャルル・スパーク、ジャン・ルノワール
  • 音楽:ジョゼフ・コズマ
  • 撮影:クリスチャン・マトラ
  • 編集:マルト・ユゲ、マルグリット・ルノワール
  • 装置:ウジェーヌ・ルリエ
  • 衣装:ルネ・ドクレ

映画賞受賞・ノミネーション[編集]

参考資料[編集]

ジャン・ルノアール「自伝」 西本栄二訳 みすず書房 1977

外部リンク[編集]