北見恭子

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北見 恭子(きたみ きょうこ、1952年5月15日 - )は、山形県村山市出身の演歌歌手。本名:太田早喜子。ジョイ企画所属。

目次

[編集] 来歴

小さい頃から歌を歌うのが大好きだったと言う。中学1年生の時に山形放送『花の民謡相撲』ラジオコンテスト入賞。高校2年生で山形放送『ミス民謡コンクール』優勝。プロの歌手を目指して上京、昭和48年コロムビアミュージックエンタテインメントより『夏の夜祭り』でデビューするがヒットに恵まれず、それから10年後の昭和58年に作曲家・船村徹に師事し、実力を蓄えた。

1992年2月発売の『紅の舟歌』(作詞:松井由利夫、作曲:岡千秋、編曲:池多孝春)が60万枚のヒットとなる。

[編集] ジョイ企画

ジョイ企画は、山形県の主要メディア3社(山形テレビ、山形放送、山形新聞)の主服部敬雄の鶴の一声で、県出身の歌手の育成を目的として作られたプロダクション。1984年頃から山形県内で北見のプロモーションを過剰に行い、一挙手一投足が新聞に報じられるほどだった[1]。1980年代半ばを山形で過ごした人たちにとって北見恭子は美空ひばりと肩を並べるほどの大歌手ということになっていた。

[編集] 海難事故支援

船村徹に師事した頃から、海難事故の支援活動に力を注ぐ。自主開催のコンサートではその収益金などの一部を義援金として、財団法人漁船海難遺児育英会へ寄付を行うなど積極的に関わっている。これらの活動が認められ、昭和60年に水産庁長官賞を受賞、さらに平成10年には農林水産大臣より感謝状を授与されている。

[編集] 受賞歴

  • 漁船海難遺児チャリティー活動に対し水産庁長官賞を受賞(昭和60年)
  • 第23回全日本有線放送大賞「特別賞」を「浪速夢あかり」で受賞(平成2年)
  • 第1回水産ジャーナリストの会「年度賞」受賞(平成5年)
  • 漁船海難遺児チャリティー活動に対し農林水産大臣より感謝状を授与(平成10年)

[編集] 主なテレビ出演

[編集] 注釈

  1. ^ この件に関しては朝日ジャーナル1985年7月26日号 「AJ人国記 続・山形の首領」が詳しい。

[編集] 外部リンク