光通信 (企業)

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株式会社光通信
Hikari Tsushin, Inc.
種類 株式会社
市場情報
東証1部 9435
本社所在地 日本の旗 日本
171-0021
東京都豊島区西池袋1-4-10
光ウエストゲートビル
設立 1988年2月5日
業種 情報・通信業
事業内容 OA機器販売事業
移動体通信事業
レンタル・サーバー事業
保険代理店事業
ベンチャー投資事業 他
代表者 代表取締役会長兼CEO 重田康光
代表取締役社長兼COO 玉村剛史
資本金 542億5900万円
発行済株式総数 47,749,642株
売上高 連結:5651億6500万円
営業利益 連結:317億6300万円
純利益 連結:293億5200万円
純資産 連結:1436億5100万円
総資産 連結:3388億1500万円
従業員数 単独:993人
 ・平均年齢:32.0歳
 ・平均勤続年数:4.1年
 ・平均年間給与:494万1510円
連結:9,134人
連結:(臨時雇用者)2,064名
決算期 毎年3月31日
主要株主 有限会社光パワー 43.94%
重田康光 7.65%
玉村剛史 2.49%
有限会社テツ 2.40%
有限会社マサ 2.40%
有限会社ミツ 2.40%
主要子会社 e-まちタウン株式会社 100.0%
外部リンク http://www.hikari.co.jp/
特記事項:各種経営指標は2014年3月期のもの[1]
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旧HITSHOP 1号店(新宿)現在はナンバーポータビリティー専門店としてリニューアル

株式会社光通信(ひかりつうしん、HIKARI TSUSHIN INC.)は、東京都豊島区に本社を置くOA機器通信回線保険商品等の卸売業を主業務とする東証一部上場の情報通信商社である。

概要[編集]

情報通信分野や様々な市場における商品、サービスを最も安い販売コストで販売することを目的とした営業形態。同社では「ディストリビューター “distributer”(販社)」という呼び方をしている。営業力を活かして、業界や定められた領域全てにおいて「ナンバーワン」を目指し、「日本最大のディストリビューター企業群」を目指している。また同社が運営する、全国1,600店舗あまりの携帯電話ショップが存在する。2013年3月の決算で売上高は5003億円であり、通信業界8位に位置する大企業である。営業利益でも通信業界8位に位置する[2]。また事業の一つである携帯電話販売・代理店業界では売上高第2位を誇る[3]。一時期、経営危機に陥ったものの、2014年の最新の決算で過去最高売上の5651億円を記録した[4]。なお、創業者の重田康光は、1999年に世界5位の大富豪に上り詰めたが、その後株の大暴落でランキングから姿を消したものの順調に順位を回復し、2014年のフォーブス誌の調査で、世界663位、国内11位の大富豪にランクしている[5]

歴史[編集]

携帯電話PHSの爆発的普及期に、携帯電話販売代理店「HIT SHOP」を全国展開。店頭では無料の端末を配布し、代理店側は携帯電話キャリアより一契約あたり数万円の報奨金が支払われるという、特異なモデルで巨額の利益を得た。これにより各キャリアは販促費として軒並み莫大な赤字を計上したが、携帯電話の普及が一気に加速した。「HIT SHOP」では携帯電話だけではなく、スカパーの受信機器レンタルサービス「デジタルクラブ」の取り次ぎも行っていた。この当時、「HIT SHOP」のテレビCMも盛んに放送されていた。

携帯電話の爆発的普及期に携帯電話の利用促進を目的とした「イケテルIネット」(ボイスメール・音声情報サービス)のサービスを開始。情報料不要で通話料のみで利用できる。現在は関連会社の「ファイブエニー」が「光通信」よりサービスを引き継いで運営している。

1990年代後期のITバブル期には、投機的銘柄として一躍注目され株価は高騰。その後、携帯電話市場はもはや飽和と化し新規契約は頭打ちになり、さらに「DDI」(現:KDDI)に対する架空契約(寝かせ)が大量発覚[6]したことで2000年3月、株価は急落した。その後、重田社長は「2000年8月期の業績を上方修正する」と記者会見で語った。株価は上昇に転じたがその2週間後、60億円の黒字から130億円の赤字への大幅下方修正が発表され株価は再び下落に転じた。更には「これ以上に洗練された組織モデルはない」と自画自賛していた組織モデルが、現況と不一致であった事が発覚して、市場の不信感を増幅させ、最高値24万円だった株価が3ヶ月で8000円台に急落した。この株価下落は、光通信が新興ITベンチャー企業への積極投資をしていた関係上、それらのIT企業のみならず、光通信とは関係もない他のIT企業も、その経営実態を疑われる事態となり、株式市場の大幅安を呼びこみ「ITバブル崩壊の大立役者」と揶揄された。この際に引き起こされた20営業日連続ストップ安という記録(東証一部)は、現在も破られていない。 (当時から最近に至る主な投資先は、インターキュー(現:GMOインターネット)、ウェブクルー、クレイフィッシュ(現:e-まちタウン)、サイバーエージェント、ジャック(現:カーチスホールディングス)、スカイパーフェクトコミュニケーションズインテリジェンス、スカイマークエアラインズ(現:スカイマーク)、メンバーズEストアーウェブマネー一休などがある)

このため、同社は携帯電話販売事業を大幅に縮小し、市場では「携帯電話販売に関するインセンティブ契約(同社が販売した携帯電話から発生する通話料の一部が、携帯電話事業者から報奨金として支払われる。通常販売後3~5年間が対象)が切れると同時に倒産するのではないか」との憶測も飛び交うが、その間に、同社はシャープ複写機販売を中心とする業態転換に成功し、独立系の複写機ディーラーとしては日本一の販売台数を誇るまでになる。2001年に赤字に転落した決算も2004年には黒字に転換しており、一時の経営危機を脱した。その後、売り上げは順調に回復し、2014年5月19日の決算発表では、売上高は前年比約113%増の5651億円だった[7]

現在、携帯電話販売事業は東京23区内などでは「OBM it's」などの名前で、複数キャリアを併売している店舗があるが、多くの地域ではauソフトバンクの専売店に転換している。

ちなみに「HIT SHOP」は、もともと1992年頃に存在していた「情報機器事業部」のショールームとして、当時の本社が入居していた、豊島区にあるIOBビル1階に設置された。「情報機器事業部」は、キヤノン販売(現:キヤノンマーケティングジャパン)の代理店として、当時黎明期にあったDTP業界を対象としたMacintoshの販売事業部だった。そのため「HIT SHOP」は当時の最新Macintoshを中心としたシステムが揃っていた。担当役員として、重田社長(当時)の右腕といわれていた前多俊宏(現・MTI社長)が指揮を執り、齋藤正秀(2008年9月にフィナンシャル・エージェンシー社長を最後に光通信グループを退社)、現取締役の儀同康らが在籍していた。しかし、数ヶ月後に「情報機器事業部」は解散し、Macintosh販売から撤退。そのかわりに注力を始めた「移動体通信事業部」が使用するようになり、数年後、携帯電話販売店「HIT SHOP」となった。一年近く続いた部署だったが、現在では沿革等から抹消されている(理由は不明)。

ブロードバンドの営業にも力を入れており、「Yahoo! BB」のパラソル部隊を多数展開し、Yahoo!BBの契約者数押し上げに貢献したこともある。また、2005年頃からは「ハローコミュニケーションズ」「ベルサポート」などコールセンターを運営する子会社を次々と設立、アウトバウンドで光ファイバー回線の販売を行っている。

沿革[編集]

  • 1988年2月 OA機器、オフィス電話等の販売及びリースを目的として設立(資本金:100万円)。
  • 1992年4月 国際電話サービス回線販売事業を開始。
  • 1993年6月 携帯電話サービス回線販売事業を開始。
  • 1994年4月 携帯電話機の売り切り制導入に伴い、携帯電話端末の販売を開始。
  • 1994年5月 東京都新宿区に携帯電話販売ショップ第1号店を開店。
  • 1995年12月 東京都豊島区池袋に本社ビルを新築し移転。
  • 1996年2月 店頭市場(現JASDAQ)に上場。
  • 1997年9月 東京都千代田区大手町に本社を移転。
  • 1998年2月 株式会社HBBを子会社化。
  • 1998年9月 レンタルサーバビジネスを開始。
  • 1999年1月 携帯電話販売ショップの店舗数が全国1,000店舗に拡大。
  • 1999年3月 株式会社クレイフィッシュを子会社化。
  • 1999年9月 東京証券取引所市場第一部へ上場。
  • 2000年3月 株式会社クレイフィッシュが東京証券取引所マザーズへ上場。
3月31日 - 4月27日までの20営業日連続ストップ安を記録(東証連続ストップ安記録ワースト1)。
  • 2001年12月 本社を東京都豊島区西池袋2-29-16に移転。
  • 2002年7月 保険販売事業を、子会社の株式会社ニュートン・フィナンシャル・コンサルティングにて開始。
  • 2003年3月 不採算店舗の整理を行い、携帯電話販売ショップ店舗数を全国470店舗に縮小。
  • 2003年6月 代表取締役会長兼CEOに重田康光、代表取締役社長兼COOに玉村剛史が就任。
  • 2003年9月 本社を東京都豊島区南池袋1-16-15(旧西武鉄道本社ビル)に移転。
  • 2007年3月 携帯電話販売ショップ店舗数が再び全国で1,000店舗に拡大。
  • 2008年9月 株式会社パイオン(旧株式会社ネクサス)を子会社化。
  • 2011年10月 本社を東京都豊島区西池袋1-4-10に移転。
  • 2014年5月29日 京王ズホールディングス連結子会社[8]
  • 2014年8月1日 株式交換により株式会社パイオンを完全子会社化[9][10]

歴代の社長[編集]

  • 重田康光:1988年2月 - 2003年6月(2003年6月より代表取締役会長兼CEO)
  • 玉村剛史:2003年6月 - 現在

社名の由来[編集]

創業者重田康光の1文字「光」と「通信業界」の「通信」から取って名付けたものである(普通名詞の「光通信」とは関係ない)。

主な特徴[編集]

光通信の企業文化の特徴は、「三大主義」[11]、「社歌」、「社訓」、「心訓」と言える。創業者、重田康光自ら作成したものと言われ、入社時の研修に教育される。営業部門等では毎朝の朝礼時に社員全員で「三大主義」、「社歌」、「社訓」、「心訓」を読み上げる等、社内では理念の徹底がされている。

三大主義[編集]

集団成功主義、実力主義、元気主義という3つの主義を合わせ「三大主義」[11]と呼ぶ理念をもっている。それぞれの主義の意味は下記の通りである。

集団成功主義
経済的な成功、地位や名誉を得る、暖かい家庭を持つなど人によって様々な考え方がある中で、その異なる価値観をもった人達全員で成功を目指していこう、成功していこうという理念であり、光通信グループに関わる全ての人が幸せになることを目指すという考え方である。
実力主義
年齢、性別、国籍、経験は、関係なく、成果を出した人に役職・報酬面等、様々な形で評価し、「結果を出した人を正当に評価していく」という光通信の最大の特長である。
元気主義
自らを奮い立たせ、常に士気が高く活力ある状態を保つことが重要であると考え、元気よく朝から朝礼を行い、気持ちを高め、元気を出し、集団成功主義を目指し、いかなる時も元気で活力に満ちている状態が光通信のあるべき姿という理念である。

事業内容[編集]

光通信は、連結子会社127社、持分法適用非連結子会社4社、および持分法適用関連会社105社により構成されており、持株会社としてグループ全般の経営管理を担い、各事業子会社・関連会社において、「法人事業」、「SHOP事業」、「保険事業」、「メディア広告事業」を行っている。

法人事業[編集]

株式会社アイ・イーグループ、株式会社メンバーズモバイルを中心に、中小企業向けのOA機器販売、各種通信サービスの加入取次ぎ、法人向け移動体通信サービスの提供等を行っている。

主な事業会社

SHOP事業[編集]

テレコムサービス株式会社、株式会社ジェイ・コミュニケーションを中心に、携帯電話の新規加入及び機種変更手続きに関する代理店業務及び携帯電話端末の販売等を行っている。複数の通信事業者(キャリア)の商品を取り扱う併売店と単一キャリアの商品を取り扱う専売店が存在する。

主な事業会社

保険事業[編集]

株式会社ニュートン・フィナンシャル・コンサルティングを中心に、テレマーケティング手法による保険代理店事業を行っている。

主な事業会社

メディア広告事業[編集]

e-まちタウン株式会社を中心に、モバイル広告を中心とした広告枠の仕入れ及び販売とサイト運営を行っている。

主な事業会社

事業所[編集]

  • 本社:東京都豊島区西池袋1-4-10 光ウエストゲートビル
  • 営業事務所:全国396拠点
  • コールセンター:57拠点
  • SHOP事業店舗:1,701店舗
  • 保険SHOP:19店舗

労働問題[編集]

過労死問題[編集]

2010年2月に、光通信に勤務していた当時33歳の男性が突然死した。この男性は2006年から営業課長職に、2009年にはクレーム対応部署に異動したが、虚血性心疾患で死亡。男性の両親と弁護士が、タイムカード打刻記録以外での時間外労働を算出したところ、死亡前3年間で100時間超の時間外労働を行っていた月が17回(最高153時間)存在したほか、携帯電話の販売で過酷なノルマが課されたりしていた。両親は2014年6月24日に同社に対し「会社は安全配慮義務を怠り長時間労働を放置した」などとして、神戸地方裁判所に約1億6,450万円の支払いを求める訴訟を起こした[12][13]

関連項目[編集]

参考文献[編集]

  • 松島庸 『追われ者』(東洋経済新報社、2002年4月、ISBN 4492970258
  • 溝上幸伸 『孫正義の10年後発想 - 光通信・重田康光ら若手ネットベンチャー経営者にみる失敗の研究』(あっぷる出版社、2000年10月1日、ISBN 9784871771900
  • 氏家和正 『ITバブルの内幕 - 光通信の天国と地獄』(道出版、2000年10月、ISBN 4944154259
  • フォーブス(日本版)』(株式会社ぎょうせい、1999年3月号)
  • 『月刊 文藝春秋』(株式会社文藝春秋、2000年4月号)

脚注[編集]

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