重田康光

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重田康光
(しげたやすみつ)
生誕 1965年2月25日(49歳)
日本の旗 日本 東京都
出身校 日本大学経済学部(中退)
職業 株式会社光通信
代表取締役会長兼CEO
有限会社光パワー 取締役社長
配偶者 あり

重田 康光(しげた やすみつ、1965年2月25日 - )は、日本の実業家。

株式会社光通信を創業し、1999年、東京証券取引所第一部に当時、最年少で上場をした。

現在、同社代表取締役会長兼CEO。

来歴[編集]

1965年(昭和40年)2月25日、東京都に生まれ、父親が弁護士という家庭で育つ。

巣鴨商業高校卒業後、はり灸の専門学校に入学するが即退学。その後、日本大学経済学部に入学するが、「大学に来てまで体育の授業があるという事に憤慨」し、3ヶ月で中退する。

その後、電話加入権を販売する企業を経て、1988年2月、株式会社光通信を創業した。当初は第二電電(現KDDI)の契約取次ぎの代理店として事業をスタートするが、事業の中心を携帯販売事業へ変更させ、急激に企業を成長させた。1996年、史上最年少の31歳で株式を店頭公開し、1999年、当時史上最年少の34歳で東京証券取引所第一部に上場を成し遂げ、光通信は一躍注目された。1999年には、米国経済誌『フォーブス』に250億ドル(約2兆6,000億円)の個人資産を持つ世界第5位の富豪として紹介された。また、当時のITバブルを牽引し、1999年5月31日、株式会社ソフトバンクの社外取締役に就任[1]する。その後も、重田が保有する株の時価総額は増え続け、7兆4,445億円にまで膨れ上がった。ところが、株価が最高値を更新した直後の2000年3月、月刊『文藝春秋』の報道によって、携帯キャリアから支払われるインセンティブを受け取るため、大量の携帯電話架空契約を行っていたという「寝かせ」が発覚。加えて、疑惑を釈明するために開いた会見で「業績は順調で、決算は予定通りに達成できる」とコメントをするが、2週間後の中間決算発表で従来予想の60億円黒字から130億円赤字に転落を発表し、最高値24万円だった株価は3,600円台株価(最高値の67分の1)に急落した。この時の「20営業日連続ストップ安」という記録(東証第一部)は、現在も破られていない。

2000年以降は、事業再建に注力し、シャープの複写機販売・リースを中核とする事業転換を行い、2001年には私財100億円を投じた。[2]2003年に代表取締役会長兼CEOに就任、2004年には黒字化を実現し、事業再建を成功させた。1999年に世界5位の大富豪に選定されたが、株価暴落の結果長者番付から姿を消したものの、フォーブス誌によると、2014年長者番付ランキングで世界663位、国内11位の大富豪に順位を回復している[3]

一部には、クレイフィッシュ事件により、ダーティーな側面を指摘する論評もある[4]サイゾーなどでは、「独裁者」「強烈な自尊心」「うぬぼれナポレオン」などの形容で批判されている[5]

略歴[編集]

  • 1965年 2月25日、東京都清瀬市に生まれる
  • 1983年 はり灸の専門学校に入学するが即退学
  • 1984年 日本大学経済学部に入学、3ヶ月で中退。電話加入権を販売する企業へ入社
  • 1988年 株式会社光通信を設立
  • 1996年 光通信を史上最年少の31歳で株式を店頭公開
  • 1999年 光通信を当時、史上最年少の34歳で東京証券取引所第一部に上場。株式会社ソフトバンク社外取締役に就任[1]
  • 2000年 携帯電話架空契約事件が発覚、東証第一部で「20営業日連続ストップ安」を記録。株式会社ソフトバンク社外取締役を辞任[6]
  • 2001年 光通信の事業再建のため、私財100億円を投じる[2]
  • 2003年 代表取締役会長兼CEOに就任
  • 2004年 光通信の黒字化を実現し、事業再建を成功させた

語録 [7][編集]

  • 「重田死すとも光は死せず、ということです」
  • 「投資先を見てください。ライバル会社が羨むほどでしょう」
  • 「最終的に勝負の分かれ目になるのは守りを固めることができるかどうかなんです」

参考文献[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b 株式会社ソフトバンク (1999年5月31日). “取締役及び監査役の選任について”. 2009年12月8日閲覧。
  2. ^ a b 日経BP (2001年3月6日). “光通信・重田氏の私財提供”. 2009年12月8日閲覧。
  3. ^ http://memorva.jp/ranking/forbes/forbes_world_billionaires_2014_japan.php
  4. ^ 松島庸 『追われ者』 東洋経済新報社(2002年4月) ISBN:4492970258
  5. ^ “なつかしのブラック企業 光通信で今も働く社員たち”. 夕刊アメーバニュース (キャリコネ). (2012年6月4日). http://yukan-news.ameba.jp/20120604-663/ 2013年12月1日閲覧。 
  6. ^ 株式会社ソフトバンク (2000年4月26日). “当社の社外取締役に関するお知らせ”. 2009年12月8日閲覧。
  7. ^ 株式会社ソフトバンク (2000年11月7日). “守りを固める光通信、拡大戦略綻びの図式”. 2009年12月8日閲覧。
先代:
-
光通信社長
初代:1988年 - 2003年
次代:
玉村剛史