ラタナポン・ソーウォラピン
| 基本情報 | |
|---|---|
| 本名 | Ratanapol Sor Vorapin |
| 通称 | Anucha Phothong |
| 階級 | ミニマム級 |
| 国籍 | |
| 誕生日 | 1974年6月6日(38歳) |
| 出身地 | タイ |
| スタイル | サウスポー |
| プロボクシング戦績 | |
| 総試合数 | 68 |
| 勝ち | 59 |
| KO勝ち | 48 |
| 敗け | 8 |
| 引き分け | 1 |
ラタナポン・ソーウォラピン(Ratanapol Sor Vorapin、男性、1974年6月6日 - )は、タイ出身のプロボクサー。元IBF世界ミニマム級王者。全盛期は「小型カオサイ」とも呼ばれた。同王座は通算で18度の防衛に成功した。
元WBO世界バンタム級王者ラタナチャイ・ソーウォラピンは実弟。
来歴 [編集]
1991年7月17日、タイ王国ミニマム級王者アスウィン・シスラックムアンとバンコクで対戦し、10回判定負けで王座獲得に失敗した。
1992年6月14日、ラジャダムナン・スタジアムでハスニ・レイと対戦し、4回KO勝ちでIBFインターコンチネンタルミニマム級王座の獲得に成功した。
1992年12月10日、バンコクのナショナルスタジアムでIBF世界ミニマム級王者マニー・メルチョルに挑戦し、2-1(115-112、117-110、112-115)の判定勝ちで王座獲得に成功、18歳で世界王者となった。
1996年3月16日、シーサケート県で行われたリー・サンドバルとの試合は、当初はIBF世界ミニマム級王座の13度目の防衛戦となる予定だったが、ラタナポンが前日軽量をクリアー出来ず王座を剥奪された為、サンドバルが勝てば王座獲得、ラタナポンが勝てば王座が空位となるという条件で試合が行われたが、ラタナポンが11回TKO勝ちを収めた為、王座は空位となった。しかし、同年5月18日にヤラー県のプロヴィンシャル・スタジアムで行われたIBF世界ミニマム級王座決定戦でラタナポンがジュン・アルロスに3-0(120-107、118-109、120-107)の判定勝ちで完勝し、王座返り咲きに成功した。
1997年12月28日、IBF世界ミニマム級王座2期目の7度目の防衛戦でゾラニ・ペテロに4回2分0秒TKO負けを喫し、王座から陥落した。
1998年12月18日、フォートローダーデールのメモリアル・オーディトリアムで行われたIBF世界ライトフライ級王座決定戦でウィル・グリッグスピーと対戦し、0-3(110-118、112-116、111-118)の判定負けを喫し、王座獲得に失敗、2階級制覇に失敗した。
2000年12月2日、ラスベガスのマンダレイベイ・イベントセンターでフェリックス・トリニダードVSフェルナンド・バルガスのWBA・IBF世界スーパーウェルター級王座統一戦のセミファイナルとして行われたIBF世界ライトフライ級タイトルマッチでリカルド・ロペスに挑戦し、勝てば一気に名を上げるチャンスであったが、見せ場なく3回2分11秒TKO負けを喫し王座獲得に失敗、またも2階級制覇は果たせなかった。
2007年5月29日、カーラシン県で奥本貴之と対戦。「48歳vs15歳」という対戦になったが、2回1分0秒TKO勝ちを収めた。
2007年11月16日、スラートターニー県・カーンチャナディット郡で行われたアルウィー・アルハブシーとのPABAフライ級王座決定戦で1回KO勝ちを収め、王座を獲得した。
2008年10月3日、PABAフライ級王座の5度目の防衛戦で暫定王者のリチャード・ガルシアに0-2の判定負けを喫し、PABAフライ級王座の統一に失敗、王座から陥落した。
2009年2月8日、松下IMPホールにて小松則幸と対戦し、1回2分16秒TKO勝ちを収めた。
2009年5月7日、パッタルン県で行われたPABAフライ級王座決定戦でウィド・パエスと対戦し、3回KO勝ちを収め、PABAフライ級王座を再獲得した。
2009年7月10日、プーケット県で行われたレイ・ミグレノを迎えてのPABAフライ級王座2期目の初防衛戦で5回KO負けを喫し、王座から陥落した。
関連項目 [編集]
外部リンク [編集]
| 前王者 マニー・メルチョル |
第7代IBF世界ミニマム級王者 1992年12月10日 - 1996年3月16日(剥奪) |
空位 次タイトル獲得者 ラタナポン・ソーウォラピン |
| 空位 前タイトル保持者 ラタナポン・ソーウォラピン |
第8代IBF世界ミニマム級王者 1996年5月18日 - 1997年12月28日 |
次王者 ゾラニ・ペテロ |