ミシェル・コレット

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ミシェル・コレット
Michel Corrette
作者不詳のエッチング(1770年頃?)}
作者不詳のエッチング(1770年頃?)
基本情報
出生 1707年4月10日
フランスの旗 フランス、ルーアン
出身地 フランスの旗 フランス
死没 1795年1月21日(満87歳没)
フランスの旗 フランス、パリ
職業 オルガニスト、作曲家
著作者

ミシェル・コレットMichel Corrette, 1707年4月10日 - 1795年1月21日)は、フランスオルガニスト作曲家、音楽教則本の著者。

生涯[編集]

コレットは、ノルマンディールーアンに生まれた。父親のガスパール・コレットはオルガニストで作曲家だった。1737年頃から1780年まで、パリイエズス会の大学でオルガニストを勤めた。1773年以前にイングランドに旅したことも知られている。1780年、アングレーム公爵にオルガニストとして仕え、15年後、87歳でパリで死んだ。

音楽[編集]

コレットは多作であった。彼が作曲した、舞台のためのバレエ音楽ディヴェルティメントの中には、『Arlequin(アルルカン)』『Armide(アルミード)』『le Jugement de Midas(ミダスの審判)』『les Âges(時代)』『Nina(ニナ)』『Persée(ペルセウス)』といったものがある。オルガン協奏曲など多くの協奏曲を作ったが、その中でも特筆すべきは25曲のコミック協奏曲である。それ以外にも、ソナタ歌曲、室内楽器楽曲、クラヴサンのための小品、カンタータ、宗教声楽作品などがある。

『The Grove Concise Dictionary of Music』にコレットの項目があるが、「彼の音楽のほとんどは安っぽく取るに足らず、彼の作品の多くは通俗的なメロディが使われている」と評価が低い[1]

「これまでにどうにか聞くことができた、18世紀フランスのオルガニスト/教育者/著者のミシェル・コレットの少数の作品からは、どうにも冴えない印象しか受けない」と、ジョン・グリーンもClassicsToday.comに書いている[2]。「彼の音楽はオリジナリティばかりでなく、インスピレーションさえも欠如しがちである。元にしようと借りてきた素材を超えることはほとんどない」[3]

教育[編集]

オルガンの演奏や作曲の他に、コレットは演奏会を運営し、音楽を教えた。彼は20に近いさまざまな楽器(ヴァイオリンチェロコントラバスフルートリコーダーバソン、クラヴサン、ハープマンドリン声楽などなど)のための音楽教則本を書いた。タイトルは、『Art de se perfectionner sur le violon(ヴァイオリンを完璧に弾きこなすための技術)』とか、『L'Ecole d'Orphée (オルフェウスの学校)』といったようなもので、フランスとイタリアのスタイルを書いたヴァイオリンの専門書である。そうしたコレットの教育の仕事は価値がある。なぜなら、それらは「現代の演奏技術に明晰な洞察を与える」からである[4]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]