マーダー・インク

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リーダーのルイス・バカルター(1939年撮影)

マーダー・インク (Murder, Inc.) または殺人株式会社 (Murder Incorporated) とは、1930年代から40年代にかけて暗躍した犯罪組織。主要メンバーの出身地にちなみ、ブラウンズヴィル・ボーイズ (Brownsville Boys) とも呼ばれた。なお、これらの名前は、マスコミが命名したものである。

設立目的[編集]

カステランマレーゼ戦争でマフィア同士の殺傷が相次ぎ、互いのビジネスが妨げられたことを発端として、全員が争わずに地下に潜伏して各々のビジネスを追求するという思想の元、プロの暗殺屋を雇って殺人行為を規律化し、ママィア/ギャング同士のランダムな殺人行為を厳しく制限する目的で設立された。構成員は主にニューヨーク市ブルックリン区ブラウンズヴィルイースト・ニューヨーク、そしてオーシャン・ヒル地区のユダヤ系およびイタリア系アメリカ人のギャング達であった。

経緯[編集]

1920年代後半にエイブ・レルズシャピロ兄弟に復讐する為に結成した4人チーム(レルズ、マーチン・ゴールドスタインハリー・マイオーネ、その部下フランク・アッバンダンド)が原型で、後になってハリー・ストラウスエマヌエル・ワイスアルバート・タネンバウムが加わり、これをジョー・アドニスがまとめてマーダーインクに仕上げ、レプケ・ルイス・バカルターが統率した。当初ベンジャミン・シーゲルラッキー・ルチアーノの権力奪取に協力した見返りとして頭領になる予定だったが、コミッションの一部からマイヤー・ランスキーの独裁になることを警戒され、外された。代わりにバカルターが頭領、アルバート・アナスタシアが副頭領に落ち着いた。

マフィア/ギャング間から具体的な処刑要請があるとバカルターとアドニスが受け口になって承認し、これをジェイコブ・シャピロ(ユダヤ人部門)またはアナスタシア(イタリア人部門)のいずれかを通じ、暗殺部隊に伝えられるという流れで、この4人にアブナー・ツヴィルマンヴィンセント・マンガーノを加えた6人がマーダー・インクの幹部となった。

本部は ブラウンズビルの Midnight Rose'sというルイス・カポネ所有の24時間営業の菓子屋に置かれた。当局に捕まった場合の裁判に備えて弁護士を常備した。

処刑方法[編集]

この体制で実際に数百人のギャングマフィア幹部らの殺害が実行された。その手口は、銃撃絞殺溺殺刺殺などで、武器は足のつかないアイスピックやロープが好まれたといい、「仕事はあくまでビジネスと割り切る」、「決して民間人を巻き込まない」などの厳しいルールの下で任務を実行したという。犠牲者の中で特に有名なのは、1935年10月24日に殺害されたダッチ・シュルツと3人の部下たちである。

司法取引[編集]

1940年2月、メンバーの1人エイブ・レルズが逮捕され、供述と引き換えに減刑される司法取引に応じて、メンバーの名を次々と挙げた。その後、アルバート・タネンバウムも個々のメンバーの殺害行為について供述したことから、バカルター以下大多数のメンバーが逮捕され、裁判に掛けられた。そして、後にバカルターら7名が死刑となり、チャールズ・ワークマンらは終身刑などの長期刑の判決を受けた。

レルズはコニーアイランドのハーフムーンホテルで警察により厳重に身辺保護を受けていたが、アナスタシアに捜査が及ぼうとしていた矢先の1941年11月12日にホテル6階から謎の転落死を遂げた。アナスタシアまたはコステロが首謀したと噂された。

後にアナスタシアが1957年10月25日に殺害された時、タブロイド記事に「死刑執行人が死刑に処される」という皮肉を込めた見出しが躍った。

組織は一連のメンバー逮捕および実刑確定により事実上消滅した。

主要メンバー[編集]

外部リンク[編集]