ブリュートナー

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ブリュートナー (Blüthner、正式名称:Julius Blüthner Pianofortefabrik GmbH)は、ドイツを代表するピアノメーカーのひとつで、同年に創業したスタインウェイ・アンド・サンズベヒシュタイン、そしてベーゼンドルファーと並んで、世界四大ピアノメーカーと言われる。

特徴[編集]

「ブリュートナーのピアノは本当に歌う事が出来、そしてそれはピアノにとって最高の褒め言葉である」と書き残したのは、20世紀最高の指揮者ともいわれるフルトヴェングラーである。[要出典]

ブリュートナーの特長の一つにアリコートシステムという独特の弦構造がある。通常の他社製ピアノは、1音に対して、弦が3本張られているが、ブリュートナーのピアノは、高音部にアリコート(共鳴弦)と呼ばれる4本目の弦が張られている。

この4本目の弦はハンマーで打たれることはなく、共鳴させるためだけに張られており、この共鳴によって倍音が増幅される構造である。この4本目の弦は、3本の弦の上部に貼られ、独立した駒を経て響板を振動させていたが、最近のモデルでは、4本が同じ高さに一列に配置されており、豊かで純度の高い高音を実現している。

歴史[編集]

1853年、ユリウス・ブリュートナーによってドイツのライプツィヒで創業された。そして、1872年にアリコートの特許を取っている。 1867年から1905年にかけ、パリ、ウィーン、シドニー、メルボルン、アムステルダム、ケープタウンにおいて各博覧会のファースト・プライズを受け、 1900年のパリ、1904年のセントルイス、1910年のブラッセル、1927年のジュネーブでグランプリを獲得するなど世界的に名声を獲得してきている [1]

1938年に飛行船に乗せるために、アルミ製のきわめて軽いグランドピアノが作られ話題になる。 第二次世界大戦中の1943年には、他の多くのドイツのメーカーがそうである様に、工場が空襲で焼かれ屋根は焼け落ち楽器はもちろん材料となる木材もすべて焼き尽くされたといわれる。その後市場にピアノを送り出すまでに回復するには1948年まで待たなければならなかった。また東ドイツ時代には一時国営化されたが、1990年の東西ドイツ統一を期に経営権はブリュートナー家に返還される。その後順調に業績を伸ばし、2005年にはヨーロッパにおけるコンサートグランドピアノの販売台数が、2番目に多いという記録を作るまでになっている。なお、世界四大ピアノメーカーのひとつとしても知られている(世界四大ピアノメーカーとは、スタインウェイ、ベーゼンドルファー、ブリュートナー、ベヒシュタイン)

イギリスのヴィクトリア女王を始め、ドイツ国内はもちろんオーストリア、デンマーク、ギリシャなどの多くの皇室にも納品される。ブラームスリストチャイコフスキードビュッシーショスタコーヴィチプロコフィエフなどの多くの有名な作曲家、ブゾーニアラウルービンシュタインプレトニョフなどのピアニスト、そのほかヨハン・シュトラウス2世、フルトヴェングラー、メニューインマルケヴィッチなどの音楽家からも高く評価されている。 なお、クロード・ドビュッシーが唯一自ら購入して愛用していたのがブリュートナーであり、ブリュートナーを使って作曲していた。

そのほか、ビートルズの「レット・イット・ビー」でポール・マッカートニーが弾いているのはブリュートナーである(セッション風景を撮影した映画レット・イット・ビー」の映像などで確認できる。ちなみに、これはアビー・ロード・スタジオの所有である)[要出典]。また、フジ子・ヘミングはブリュートナーを所有しており、彼女を取り上げたNHKの番組でも演奏シーンが撮影された。中国のピアニスト 牛牛(ニュウニュウ)もブリュートナーを使用している。(日本で販売されている牛牛のCDではブリュートナーのロゴマークが消されているが、他国で購入するとロゴマークは消されていない) また、近年では、録音でブリュートナーを使用する世界的ピアニストが増えてきている。

尚、2007年11月までは株式会社浜松ピアノセンターが日本総代理店として販売していたが、倒産により一時的に販売網が絶たれた。しかし2008年5月1日付けで、ブリュートナー社からの任命により有限会社ピアノクリニックヨコヤマが日本総代理店を引き継ぎ、正規流通が復帰した。

脚注[編集]

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  1. ^ 『新装普及版 楽器の事典 ピアノ』東京音楽社、1988年 ISBN 4-88564-124-1:94頁

外部リンク[編集]