ピーター・モリニュー
ピーター・モリニュー (Peter Molyneux、1959年5月5日 - )はイギリスギルフォード生まれのゲームデザイナー、ゲームプログラマーである。
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経歴 [編集]
ベアウッド大学、サザンプトン大学を卒業し、3つのコンピュータ関連企業を経て、1987年ブルフロッグ社を創設。 ポピュラスやテーマパーク、ダンジョンキーパーを制作。ライオンヘッドスタジオ移籍後にブラック&ホワイト、フェイブル、The Movies開発に携わる。これまでになかった新しい概念を持つこれらのゲームは多くの注目を浴びた。こうした神の視点で、他人の行動に介入しながら進めるゲームを、概してゴッドゲームと呼ぶ。
ピーター・モリニューのキャリアは、1982年にフロッピーの配達・販売をすることから始まった。その中にはアタリやコモドール64向けのゲームも含まれていた。1982年に設立した彼の会社の名前は「Tauras」と言ったが、当時「Touras」という一字違いの会社があった。コンピュータ会社が彼の会社を勘違いしていることに彼が気がついたのは83年ごろだった。しかしモリニューは良心の呵責もあったが、手っ取り早くお金を稼ぐためにTourasのマネージャーのフリをしていた。 1984年にモリニューの会社Taurasが破産宣言を出した後、モリニューは同年が1983年のビデオゲーム崩壊(俗に言う、アタリショック)の直後だと知らずに、ビデオゲームの人気を聞いて独立して働き始めた。その年は質の悪いゲームが市場に溢れていたのだが、コンピュータ・ゲーム産業はすぐに立ち直る。そしてモリニューはビデオゲームのプログラミングをはじめる。彼の最初のゲームは『The Entrepreneur』というもので、金銭のマネージメントをしてビジネスをたちあげるというような内容のものだった。
- 1987~1997年にかけてイギリスのブルフロッグ社で数々のゲームを製作した。
- 1997年にブルフロッグ・プロダクションを離れ、ライオンヘッドスタジオを設立。
- ブラック&ホワイトシリーズやフェイブルシリーズを手がける。
- 2005年にOBE勲章を受章し[1]
- 2006年4月6日に、ライオンヘッドスタジオはマイクロソフトに買収され、現在はマイクロソフトゲームスタジオの傘下となっている。
- 2007年には芸術文化勲章 (en:Ordre des Arts et des Lettres) シュヴァリエを受章した[2]。
ピーター・モリニューは世界でもっとも賞賛を受けているゲーム開発者の一人であるが、それにもかかわらず、評判を得るのにどん欲である。とりわけ、『Fable』開発の際はメディアに対して派手なことを言い過ぎていたということで公式に謝罪をするなどして周囲を騒がせた。これは彼がゲームデザイナー/開発者という立場から、プロデューサーという立場へと役割が変ってきたことを示している。
趣味はマウンテンバイクとロッククライミング。また、大のテレビ嫌いである。
ゲーム [編集]
ピーター・モリニューが開発に携わったゲーム。
ブルフロッグ以前 [編集]
ブルフロッグ時代 [編集]
- Fusion
- ポピュラス
- パワーモンガー 当時のプラットホームはAMIGA
- シンジケート
- テーマパーク
- テーマホスピタル
- テーマアクアリウム
- マジックカーペット
- ハイオクタン
- Genewars
- ダンジョンキーパー
ライオンヘッドスタジオ [編集]
脚注 [編集]
- ^ ピーター・モリニュー氏が勲章を授与される (4Gamer.net) 2007年9月29日閲覧
- ^ フランス政府がピーター・モリニュー氏に勲章を授与 (4Gamer.net) 2007年10月1日閲覧
外部リンク [編集]
参考文献 [編集]
- 「ポピュラスのすべて」HIPPON SUPER!編集部編 (JICC出版局、1991年)