ハン・スーイン
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| 韓素音 | |
|---|---|
| プロフィール | |
| 出生: | 1917年9月12日 |
| 出身地: | |
| 職業: | 作家・医師 |
| 各種表記 | |
| 繁体字: | 韓素音 |
| 簡体字: | 韩素音 |
| ピン音: | Hán Sùyīng |
| 注音符号: | ㄏㄢˊ ㄙㄨˋ |ㄥ |
| 和名表記: | かん そおん |
| 発音転記: | ハン スーイン |
ハン・スーイン(韓素音、1917年9月12日 - )は中華民国生まれの作家、医師。本名エリザベス・クアンフー・チョウ。中国名は周光湖。ハン・スーインは筆名。
目次 |
[編集] 来歴・活動
中国人技術者の父とベルギー人の母の間に生まれる。1931年に北京の病院で事務の仕事につき、のち燕京大学(のちの北京大学)に入学する。
1935年に、母の故郷のベルギーのブリュッセル大学に留学して自然科学を学び、日中戦争さなかの1938年帰国して、成都のアメリカキリスト教病院で働く。中華民国軍の軍人と結婚し、夫は後に将校となる。
第二次世界大戦中の1942年に処女作『重慶行き』を執筆。1944年に渡英、ロンドン大学で医学を学ぶが、1947年に夫は国共内戦における共産党軍との戦闘で死去した。1948年に医師資格を獲得、1949年に英領香港に戻り、クイーン・メアリー病院に勤務する。
1952年に、イギリス軍人のコンバーと再婚しイギリス領マレー半島に行き、ジョホールバルとシンガポールで開業、自伝的小説「多くの輝きをもつもの」を刊行した。1955年には、シンガポールで南洋大学(現・南洋理工大学)設立に貢献する。またその年、「多くの輝きをもつもの」がハリウッドで映画化されヒットする。日本でも『慕情』の題で公開された。
その後コンバーと離婚し、インド人の大尉と結婚するが2003年死別、その後はスイスに在住する。
[編集] 代表作
代表作としてほかに『四つの顔』(1963)、半自伝的歴史小説三部作『悲傷の樹』(1965)、『転生の花』(1966)、『無鳥の夏』(1968)があり、ほかに『暁の豪雨』(1972)、『塔の風』(1976)、『ハン・スーインの中国』(1987)などがある。その他数多くの東洋と西洋の軋轢をテーマとした小説を執筆している。
[編集] 日本語訳
- 自伝的中国現代史 1 悲傷の樹 長尾喜又訳 春秋社, 1970
- 慕情 深町真理子訳 角川文庫, 1970
- 中国の目・アジアの目 松岡洋子訳編 朝日新聞社, 1971
- 2001年の中国 松岡洋子訳 東洋経済新報社, 1971
- 自伝的中国現代史 2 転生の華 宮川毅,青木栄一,高橋正訳 春秋社, 1971
- 自伝的中国現代史 3 無鳥の夏 長尾喜又訳 春秋社, 1972
- 毛沢東 松岡洋子訳編 毎日新聞社, 1973
- 太陽の都ラサ 新チベット紀行 安野早己訳 白水社, 1978
- 自伝的中国現代史 4-5 不死鳥の国 長尾喜又訳 春秋社, 1986
- 北京の二週間 中国の眼、アジアの眼 松村喜八郎訳 技術と人間, 1992
- 長兄 周恩来の生涯 川口洋・美樹子訳 新潮社, 1996