成都市

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中華人民共和国 四川省 成都市
安順橋、四川大学華西校舎、錦里、成都大熊猫繁育研究基地
安順橋、四川大学華西校舎、錦里、成都大熊猫繁育研究基地
成都市の市徽
市徽
簡称:
別称:錦官城、錦城、芙蓉城、蓉城


四川省中の成都市の位置
四川省中の成都市の位置
中心座標 30°39′49″N, 104°04′00″E
簡体字 成都
繁体字 成都
Chéngdū
カタカナ転記 チョンドゥ
国家 中華人民共和国
四川
行政級別 副省級市
政府所在地 青羊区
市委書記 李春城
市長 葛紅林
面積
- 総面積 12,390 km²
海抜 500 m
人口
- 総人口(2006) 1059.7 万人
- 人口密度 855 人/km²
- 市区人口(2006) 601.56 万人
経済
- GDP(2006) 2,750 億元
- 一人あたりGDP 25,950元
電話番号 28
郵便番号 610000
ナンバープレート 川A
行政区画代碼 510100
市樹 銀杏
市花 木芙蓉
官方ウェブサイト http://www.chengdu.gov.cn
行政区分図
都江堰(世界遺産
中心的繁華街『春熙路』
文殊院
市内の喫茶店
ウィキメディア・コモンズ

成都(せいと)は、中華人民共和国四川省の省都であり、副省級市。豊かな成都平原の中にあって古くから「天府の国」と呼ばれてきた。の時代から蜀錦を産出するため錦城の別称を持ち、また芙蓉の花を市花とするところから蓉城の別称ももつ。

目次

[編集] 地理

成都平原の中央にあり、岷江支流の錦水に沿う。西部には龍門山脈が屹立する。中国西南部の要衝である。

[編集] 歴史

成都市区から30キロの広漢市では仮面で有名な数千年前の王国三星堆遺跡が発掘されている。 歴史時代においては、三国蜀漢の都となったほか、4世紀初頭、巴氐の李特が占領して成都王を称し、成漢が建てられた。五代十国時代には前蜀後蜀の都となった。

代に成都の商業が発展し、以後四川あるいは西南中国の中心地となる。代には四川布政使が駐在し、代の1654年、四川布政使司が四川省に改称され、正式に四川省が成立した。また明末期の農民反乱軍の首領で大西皇帝を称した張献忠の拠点となったが、張献忠による人口の9割を超えるほどの殺戮と、清初期の抵抗運動や軍の反乱などにより清前半までは荒廃が続いた。以後、100年をかけ湖北省湖南省広東省から移民を入れ復興させたという。

1928年国民政府は成都市を成立させ、四川省の省会(省政府所在地)とした。1949年成都が解放されると、川西行署所在地となり、1952年四川省は復活、成都も省会に復した。1989年副省級市に昇格。

成都は歴史的遺産が豊富で、1982年には国家歴史文化名城に指定されている。また2000年に始まった西部大開発の拠点都市として経済も活性化しているが、2008年に発生した四川大地震綿陽市徳陽市に次いで大きな被害(都江堰市彭州市。市区をはじめ他地区は軽微)を出した。

[編集] 行政区画

[編集] 教育

[編集] 交通

  • 空港

[編集] 観光

[編集] 友好都市

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク