ハインツ・ティーティエン
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ハインツ・ティーティエン(Heinz Tietjen, 1881年6月24日 - 1967年11月30日)はドイツの指揮者、音楽監督。
モロッコのタンジール出身。アルトゥル・ニキシュに師事。23歳でトリーアの歌劇場の指揮者に就任し、1907年には芸術監督に任命され、両職を1922年まで務めた。また並行して1919年から1922年までザールブリュッケンとブレスラウ(現在のポーランド領ヴロツワフ)でも芸術監督を務めた。1925年から1927年にかけてベルリン市立歌劇場(現在のベルリン・ドイツ・オペラ)の音楽監督を務めた後、ベルリン国立歌劇場に移った。ヴァイマル共和国が崩壊してナチス政権が成立した後もヘルマン・ゲーリングの庇護を受けて国立歌劇場での職務を継続した。またヴィニフレート・ワーグナーに招かれ、1931年から1944年にかけてバイロイト音楽祭の芸術監督を務めた。
1948年、ベルリン・ドイツ・オペラに戻り、1955年まで勤務した。また1959年までハンブルクの国立歌劇場の監督も務めた。1967年、バーデン=バーデンで死去。
参考文献 [編集]
- Hannes Heer und Boris von Haken: Der Überläufer Heinz Tietjen. Der Generalintendant der Preußischen Staatstheater im Dritten Reich. In: Zeitschrift für Geschichtswissenschaft 58(2010) H. 1, S. 28