デイヴィッド・チューダー
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デイヴィッド・チューダー (David Tudor、1926年1月20日 - 1996年8月13日)はアメリカの現代音楽のピアニスト、作曲家。
10代で教会のオルガニストを務めた後、ジョン・ケージに誘われて現代音楽の道に入り、ピエール・ブーレーズのピアノソナタ第二番をアメリカ初演したことが話題となる。その後ケージ一派:ニューヨーク・スクールのピアノ作品や西側の前衛作曲家の多くの作品を初演し、1950年代のピアノ音楽はほぼ彼を想定して書かれたといっても過言ではない。最も有名なものに、シルヴァーノ・ブッソッティの「デイヴィッド・チューダーのための5つのピアノ曲」がある。 また、4分33秒という、無音の音楽を(公式に)初めて演奏した。
ピアニストとしての名声が頂点に達した後、彼は突然ライブ・エレクトロニクス専門の作曲家へ転身し、このことも大きく話題となる。自らパーツを集め回路図を一から作ることで生まれる奇妙な音色が聴衆の周りをまわるように設計された「ニューラル・シンセシス」は彼の最高傑作として名高い。
彼の電子音楽はマース・カニンガム舞踊団の舞踊音楽として作曲されるようになり、「スピーカーが割れるような」音楽にシュールな舞踊が付きまとうイヴェントを世界中で展開した。
ケージ全集がMODEで計画された時にまたピアニストに一旦は戻るが、脳の発作の為に失明。失明後も電子音楽の創作だけは続けていたが、1996年に最後の発作でこの世を去る。
日本では、1950年代に実験工房の同人たちによってチューダーの作品が紹介された。その頃はドイツ語読みでデヴィッド・チュードアと呼ばれていた。
[編集] エピソード
趣味はインド料理で、彼の作った料理はプロ顔負けに美味かったと伝えられる。彼が残した「デイヴィッド・チューダー・クックブック」は彼が残したオリジナル料理が全ておさめられている。


