チョン・キョンファ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
| チョン・キョンファ | |
|---|---|
| 各種表記 | |
| ハングル: | 정경화 |
| 漢字: | 鄭京和 |
| 片仮名: (現地語読み仮名) |
チョン・キョンファ |
| 英語表記: | Chung Kyung-wha |
| クラシック音楽 |
![]() |
| 作曲家 |
| ア-カ-サ-タ-ナ ハ-マ-ヤ-ラ-ワ |
| 音楽史 |
| 古代 - 中世 ルネサンス - バロック 古典派 - ロマン派 近代 - 現代 |
| 楽器 |
| 鍵盤楽器 - 弦楽器 木管楽器 - 金管楽器 打楽器 - 声楽 |
| 一覧 |
| 作曲家 - 曲名 交響曲 - ピアノ協奏曲 ピアノソナタ ヴァイオリン協奏曲 ヴァイオリンソナタ チェロ協奏曲 弦楽四重奏曲 - オペラ 指揮者 - 演奏家 オーケストラ - 室内楽団 |
| 音楽理論/用語 |
| 音楽理論 - 演奏記号 |
| 演奏形態 |
| 器楽 - 声楽 宗教音楽 |
| イベント |
| 音楽祭 |
| メタ |
| ポータル - プロジェクト カテゴリ |
鄭 京和 (またはキョン=ホア)(Chung Kyung-wha、Kyung-Wha Chungとも書かれる、1948年3月26日 大韓民国ソウル - )は韓国人ヴァイオリニスト。
姉明和(ミュンファ、ミュンホアまたはミョン=ホア)はチェリスト、弟明勲(ミュンフンまたはミョン=フム)は指揮者ならびにピアニスト。3兄弟でチョン・トリオを結成している。
3歳でピアノを始めるがまもなくヴァイオリンに転向。9歳でメンデルスゾーンの協奏曲をソウル交響楽団と共演してデビュー。1961年にアメリカ留学を果たし、ジュリアード音楽学校にてイワン・ガラミアン(アイヴァン・ガラミアン)に師事。ヴァイオリンの音が人一倍大きくパワフルであったため、他の生徒達から“タイガー”と呼ばれた。
1967年にエドガー・レヴェントリット国際コンクールに出場し、ピンカス・ズーカーマンと首位を分け合う(実は、このとき、演奏そのものはチョンの方が上だったが、審査委員の一人だったアイザック・スターンが自分と同じ民族〔ユダヤ人〕のズッカーマンを優勝させようとするなどの妨害があったと言われている[要出典])。1970年にアンドレ・プレヴィン指揮ロンドン交響楽団とチャイコフスキーの協奏曲を共演してヨーロッパ・デビューを果たした際は、センセーショナルな成功を収めた。
アナログ時代はデッカ、デジタル時代はEMIと契約して多数の録音を制作し、世界各国のレコード雑誌でも高い称賛を勝ち取ってきた。ゲオルク・ショルティ、クラウス・テンシュテット、シャルル・デュトワ、サイモン・ラトルなどの著名な指揮者から篤い信頼を受ける。
チョン・キョンファは、国際的な名声をおさめた韓国人初のクラシック演奏家であり、挑みかかるような気魄を感じさせる情熱的な演奏と、わななくような音色で有名である。ロマン派と近現代の作品を得意のレパートリーとし、ラロ、ブルッフ、サン=サーンス、エルガー、シベリウス、バルトーク、ベルクの協奏曲および協奏的作品や、フランクとドビュッシーのソナタの録音は、作品中のデモーニッシュな情感と深い陰翳をほりさげた名演奏として定評がある。
結婚・出産を機に、一時的に活動を中止したが、復帰後の演奏・録音では闘争的な演奏姿勢が影をひそめ、音色は以前よりもふくらみが増している。レパートリーにおいても、ベートーヴェンやブラームスの協奏曲やソナタなど、より内面的な解釈を問われる作品に積極的に取り組むようになってきた。今後どのような円熟を迎えてゆくかが注目されている。


