スクロースオクタアセタート

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スクロースオクタアセタート
識別情報
CAS登録番号 126-14-7 チェック
PubChem 31340
特性
化学式 C28H38O19
モル質量 678.59 g/mol
外観 針状
密度 1.27 g/cm3 at 16°C
融点

86.5°C

沸点

250°C at 1 mmHg

への溶解度 水に若干溶ける
溶解度 エタノールジエチルエーテルアセトンベンゼンクロロホルムに可溶[1]
特記なき場合、データは常温 (25 °C)・常圧 (100 kPa) におけるものである。

'スクロースオクタアセタート: sucrose octaacetate)は、化学式C28H38O19または(C2H3O2)8(C12H14O3)で表される化学物質であり、スクロースと8つの酢酸とのエステルである。スクロースC12H22O11の8つのヒドロキシル基が酢酸基に置換されたものとして記載することもできる。オクタアセチルスクロース八アセチルショ糖などとも呼ばれる。結晶性固体であり、無色無臭であるが、強い苦味がある[2]

殺虫剤除草剤賦形剤、そして苦味剤として用いられる。

歴史[編集]

スクロースオクタアセタートの調製は1865年にPaul Schützenbergerによって最初に記載されたが[3]、その精製と特徴づけは1887年にA. Herzfeldによって最初に発表された[2][4]

調製[編集]

約145 °C、酢酸ナトリウム触媒でスクロースと酢酸の発熱反応によって調製される[2]。反応産物はエタノールへの溶解と再結晶によって精製される[5]

性質[編集]

構造[編集]

結晶型の構造は1984年にJ. D. OliverとL. C. StricklandによってX線回折を用いて決定された。結晶系は直方晶系で、対称群P212121、パラメーターはa = 1.835 nm、b= 2.144 nm、c= 0.835 nm、Z=4、V=3.285 nm3Dx = 1.372 g/mLである。ピラノース環とフラノース環はそれぞれいす型(4C1)、ねじれ型(4T1立体配座であり、スクロースのものとは異なっていた[6]

物理化学的性質[編集]

スクロースオクタアセタートは水にわずかしか溶けないが(室温で0.25–1.4 g/L)、多くの一般的な有機溶媒(トルエンエタノールなど)には溶け、そこからの蒸発によって結晶化することができる。超臨界二酸化炭素英語版にも可溶性である[7]。中性分子であり、イオン化可能な水素原子を持たない[5]

粘性のある液体へ融解し(29.54 P、100.2 °C)、冷却によって透明なガラス状固体となる[2]

ガラス状固体の密度は1.28 kg/L(20 °C)、屈折率nD20 は1.4660、比誘電率は4.5(1 kHz)、抵抗率は 1.5 × 1014 Ω cmである。旋光性があり、[α]D24 = +59.79°である[2]

水中でゆっくりと加水分解される。沸騰水中1時間で0.25%、40 °C、5日間で0.20%のエステル結合が切断される。

約285 °Cで熱分解するが、減圧下260 °Cで蒸留可能である[2]

官能特性[編集]

無臭であるが強い苦味があり、1–2 ppmの濃度で検知可能である[2]。1 kgの砂糖に対し0.6 g加えることで、苦味が強すぎて食べることができなくなる[5]

融点と多形の可能性[編集]

報告されている結晶化合物の融点には大きな相違が存在する。1880年から1928年にかけての5つの報告では69–70 °Cである。1930年には結晶性固体は75 °Cで融解することが報告されている。1936年の他の報告では異なる結晶系が記載され、融点は83 °Cであった、1940年に同じ著者は89 °Cと報告している。それ以降の全ての報告では、83–89 °Cの範囲である[5]

この融点の差異は多形によるものであると予想されている。すなわち、この化合物は2つまたはそれ以上の異なる結晶構造で結晶化し、そのため融点が異なると考えられる。しかしX線回折を含む現代の研究では、いかなる多形の証拠も得られていない[5]

反応[編集]

スクロースオクタアセタートはナトリウムメトキシドを触媒として適当なトリグリセリドと反応させることで、スクロースと8分子の脂肪酸とのエステルへと変換することができる。この方法でオクタカプリル酸スクロース(C8)、オクタカプリン酸スクロース(C10、融点−24 °C)、オクタラウリン酸スクロース(C12、10 °C)、オクタミリスチン酸スクロース(C14、34 °C)、オクタパルミチン酸スクロース(C16、50.5 °C)、オクタステアリン酸スクロース(C18、61 °C)、オクタオレイン酸スクロース(C18 cis-9)、オクタエライジン酸スクロース(C18 trans-9、7.4 °C)、オクタリノール酸スクロース(C18 cis-9,12)を得ることができる[8]

応用[編集]

苦味剤[編集]

臨床薬剤研究や甘味料の評価、味覚生理学研究において、スクロースオクタアセタートは味盲のマウスと通常のマウスを選別するために用いられる[5][9]

スクロースオクタアセタートは苦味剤や嫌悪剤としても利用される[10]。1993年までは、指しゃぶりや爪噛みをやめさせるための市販薬の有効成分として利用されていた。また、犬がなめるのを防ぐためのスプレーやローション、農薬や他の有害物質の摂取を防ぐための添加物としても利用されている[5]

スクロースオクタアセタートは、ビターズジンジャーエールなど、食品や飲料の風味付けのためにも利用される[5]

可塑剤[編集]

スクロースオクタアセタートは、漆器やプラスチックの接着剤や可塑剤として利用されている[5]。後者の用途では純粋な化合物の持つ結晶性が問題となるため、酢酸基の一部がプロピオン酸イソ酪酸で置換された混合エステルも利用される[11]

安全性[編集]

スクロースオクタアセタート毒性は低く、農薬の賦形剤[12]食品添加物[13][14]、爪噛みや指しゃぶりをやめさせるための市販薬での使用がアメリカ合衆国環境保護庁によって承認されている[10]

出典[編集]

  1. ^ David R. Lide (1998): Handbook of Chemistry and Physics. CRC Press. ISBN 0-8493-0594-2
  2. ^ a b c d e f g Gerald J. Cox, John H. Ferguson, and Mary L. Dodds (1933): "III. Technology of Sucrose Octaäcetate and Homologous Esters". Industrial & Engineering Chemistry, volume 25, issue 9, pages 968–970. doi:10.1021/ie50285a006
  3. ^ P. Schutzenberger (1865): "Action de l’acide acétique anhydre sur la cellulose, les sucres, la mannite et ses congénères". Comptes rendus des séances de l'académie des sciences, volume 61, page 485.
  4. ^ A. Herzfeld (1887): Zeitschrift des Vereins der deutschen Zucker-Industrie, volume 37, page 422.
  5. ^ a b c d e f g h i William Craig Stagner, Shalini Gaddam, Rudrangi Parmar, and Ajay Kumar Ghanta (2019): "Sucrose octaacetate". Chapter 5 of Profiles of Drug Substances, Excipients and Related Methodology, volume 44, pages 267-291 doi:10.1016/bs.podrm.2019.02.002
  6. ^ J. D. Oliver and L. C. Strickland (1984): "tructure of sucrose octaacetate, C28H38O19, at 173 K". Acta Crystallographica Section C, volume 40, issue 5, pages 820-824. doi:10.1107/S0108270184005850
  7. ^ Anu Antony, Jyothi P. Ramachandran, Resmi M. Ramakrishnan, and Poovathinthodiyil Raveendran (2018): "Sizing of paper with sucrose octaacetate using liquid and supercritical carbon dioxide as a green alternative medium". Journal of CO2 Utilization, volume 28, pages 306-312. doi:10.1016/j.jcou.2018.10.011
  8. ^ Ronald J. Jandacek and Marjorie R. Webb (1978): "Physical properties of pure sucrose octaesters". Chemistry and Physics of Lipids, volume 22, issue 2, pages 163-176. doi:10.1016/0009-3084(78)90042-7
  9. ^ David B. Harder, Christopher G. Capeless, John C. Maggio, John D. Boughter, Jr, Kimberley S. Gannon, Glayde Whitney, and Edwin A. Azen (1992): "Intermediate sucrose octa-acetate sensitivity suggests a third allele at mouse bitter taste locus Soa and Soa-Rua identity". Chemical Senses, volume 17, issue 4, pages 391–401,. doi:10.1093/chemse/17.4.391
  10. ^ a b US Environment Protection Agency, 21 CFR 310.536
  11. ^ George P. Touey and Herman E. Davis (1960): "Mixed esters of glucose and sucrose". US Patent 2931802, assigned to Eastman Kodak Co.
  12. ^ Christina M. Jarvis (2005): "Reassessment of the Exemption from the Requirement of a Tolerance for Sucrose Octaacetate (CAS Reg. No. 126-14-7)". Mamorandum dated 2005-12-21, CFR 180.910.
  13. ^ US Environment Protection Agency, 21 CFR 172.515
  14. ^ US Environment Protection Agency, 21 CFR 175.105