ジョン・ローン
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ジョン・ローン(John Lone、1952年10月13日-)は、香港出身のアメリカの映画俳優。本名は尊龍。1949年誕生説、1951年誕生説も。
エキゾチックな顔立ちと渋い美声、重厚な身のこなしで人気を呼び、代表作『イヤー・オブ・ザ・ドラゴン』、『ラスト・エンペラー』などで一躍人気を博した。
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[編集] 生い立ち
詳しい出生についてはあまり公表されていない。国共内戦後の動乱の中、孤児として育ち、その施設の中で出会った京劇の魅力に取り付かれ、10歳の時に京劇役者を育成する専門学校に入学し、演舞、武道などの基礎的なレッスンを受けた。
本格的な俳優としてキャリアをつむのは18歳からで、舞台、TVを経てカンフー映画に主演で出演するという契約を蹴ってハリウッドに渡り下積みを積んだ。
[編集] デビュー
オフ・ブロードウェイ時代に日系俳優マコ岩松と親交を結び、1972年公開の『盗聴』のエキストラでデビュー。続く1976年公開の『キングコング』(チャールズ・グローディンの肩叩きをしている青年。クレジットでは中国人コック)を経て1984年公開の『アイスマン』では、氷河時代から現代に甦った「アイスマン」という難役を熱演。しかし、このときは特殊メイクで顔の大半は判別できず、言葉も通じないためセリフも希少、というものだった。
[編集] スターダム
俳優ジョン・ローンが世界中でブレイクするのは、1985年公開の鬼才マイケル・チミノ監督作『イヤー・オブ・ザ・ドラゴン』で演じた若きチャイニーズ・マフィアの頭領役である。
このときに映画ファンを魅了したのは、彼の甘いマスク、澄んだ瞳、そして京劇で鍛え上げた特有の所作であった。香港系のスターがカンフーを操りスクリーンを闊歩した姿を見慣れている日本の観客も、彼の完璧な演技力に圧倒されている。チミノ監督はこうした逸材を巧みに活かしきり、かつて『ディア・ハンター』でクリストファー・ウォーケンをブレイクさせたように、ジョン・ローンをハリウッドにおけるトップスターに押し上げた。
この作品においては、ファンの熱烈な期待によるアカデミー助演男優賞の呼び声も高かったものの受賞には至らなかった。翌年には『ラスト・ジゴロ』で多くの女性ファンを獲得、そして清朝最後の皇帝であり満州国の苦悩の皇帝として戦中を生きた愛新覚羅溥儀を演じた『ラスト・エンペラー』で人気を決定付けた。後年、溥儀役と、孤児として育った自分自身の孤独な生い立ちと青年期を常に脳裏にダブらせた、と彼自身は懐述している。
[編集] 個性派俳優へ
『ラスト・エンペラー』の成功以後は、ハリウッド映画を中心に悪役やインパクトのある脇役でも出演をするようになる。1993年、デヴィッド・クローネンバーグ監督の『エム・バタフライ』では、京劇俳優の顔と、演技派俳優の顔の双方が交差する奥深さを見せつけた。しかし、1990年代後半ころから出演作品は激減し、キャリアはやや下降線を描いていたが、2001年公開の『ラッシュアワー2』でチャイニーズマフィア役を演じたほか、2005年のカナダ映画『プライベート・ムーン』では日本の女優清水美砂の夫役などでカムバックを果たした。
[編集] 出演作品
- キングコング King Kong (1976)
- ハリケーン Americathon (1979)
- アイスマン Iceman (1984)
- イヤー・オブ・ザ・ドラゴン Year of the Dragon (1985)
- ラスト・エンペラー The Last Emperor (1987)
- ラスト・ジゴロ Shadows of the Peacock (1987)
- モダーンズ The Moderns (1989)
- チャイナ・シャドー (1990、柳町光男 監督)
- 上海1920/あの日みた夢のために 上海1920 (1992)
- エム・バタフライ M. Butterfly (1993)
- シャドー The Shadow (1994)
- ハンテッド The Hunted (1995)
- ラッシュアワー2 Rush Hour 2 (2001)
- プライベート・ムーン Paper Moon Affair (2005)
- ローグ アサシン War (2007)

