イヤー・オブ・ザ・ドラゴン

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イヤー・オブ・ザ・ドラゴン
Year of the Dragon
監督 マイケル・チミノ
脚本 オリバー・ストーン
マイケル・チミノ
原作 ロバート・デイリー
製作 ディノ・デ・ラウレンティス
出演者 ミッキー・ローク
ジョン・ローン
音楽 デヴィッド・マンスフィールド
撮影 アレックス・トムソン
編集 フランソワーズ・ボノー
配給 アメリカ合衆国の旗 MGM/UA
日本の旗 松竹富士
公開 アメリカ合衆国の旗 1985年8月15日
日本の旗 1986年2月8日
上映時間 134分
製作国 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
言語 英語
中国語
興行収入 $18,707,466[1]
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イヤー・オブ・ザ・ドラゴン』(Year of the Dragon)は、1985年制作のアメリカ映画。原作は元ニューヨーク市警刑事ロバート・デイリーの同名小説。ニューヨークのチャイニーズ・マフィアとイタリアン・マフィアの、血で血を洗う抗争を描いたバイオレンス巨編。タイトルの意味は「辰年」。

目次

ストーリー [編集]

向こう見ずな市警刑事スタンリーは、ベトナム戦争の過去を引きずりつつも、市のチャイニーズ・マフィア撲滅に奔走する。一方新世代のボス、ジョーイ・タイはイタリアン・マフィアや身内の旧体制派を容赦なく粛清していく。 タフな刑事と若きドン、この二人の対決が今始まろうとしていた。

キャスト・吹替 [編集]

※吹替えキャストはTBSザ・ロードショー』(1988年3月15日放送)による。

アジア系アメリカ人からの抗議 [編集]

この映画には、差別的なステレオタイプの使用、外国人排除、 "chinks", "slant-eyed","yellow niggers"といった侮蔑語の使用、性差別表現について、中国系を含むアジア系アメリカ人からの抗議が相次いだ[2]。いくつかのコミュニティからは、この映画がチャイナタウンのイメージを悪くし、経済的打撃を与える恐れがあるという抗議も上がった[2] 。これらの抗議を受け、オープニングクレジットには以下の注意書きが付け加えられた[3]

この映画には、アジア系アメリカ人や特定の中国系アメリカ人のコミュニティの良い面を卑しめたり無視したりするものではありません。仮にこの映画の描写が実在の団体や個人、さらにはチャイナタウンそのものを連想するものであったとしても、この映画とは一切関係ありません[2][注 1]

ロサンゼルス・タイムズのマリコ・ツェーは、この映画だけでなく、シーラ・ベンソンによる評価について、「マイケル・チミノの『イヤー・オブ・ザ・ドラゴン』とベンソンによるこの映画の批評は、事実を曲解しています。彼女がこの映画にドキュメンタリーの事実があると評したのは、彼女がチャイナタウンに対して全くの無知だったからです。もしこれがドキュメンタリーならば、それは、清涼飲料水のCM程度のものということでしょう。」と批判している[4]。 ツェーの批評に対し、 Pauline Kaelも「『イヤー・オブ・ザ・ドラゴン』は『ディア・ハンター』ほど外国人に対しては攻撃的ではありませんが、ストーリーが弱すぎます。緊張感がなく、描写力も弱いため、見ている人にとってはわけのわからないものになっています。」と付け加えている[5]

監督のチミノは、Jeune Cinémaとのインタビューの中で、以下のように話している。

この映画は人種差別を扱っていますが、人種差別を推奨するための映画ではありません。このような問題を扱うにあたって、人種差別の傾向を明かしていくことは必要となります。かつてアメリカに移住した中国人が経験したように、周辺的な地位に追いやられるということは我々にとっても初めてでした。そのことについて、人々は、あまりにも無知なのです。実際1943年まで中国人にはアメリカの市民権が与えられなかったことに、現在のアメリカ人たちは驚くでしょう。彼等は妻をアメリカに連れて行くことすら許されなかったのです。クォンがスタンリーに話したことは、称賛されるべきなのです。これらの理由から、中国人はこの映画が大好きです。そして、記者たちの批判は、これらの悪い事実を知られたくないところからきているのでしょう。

[6]

受賞 [編集]

この映画は、第6回ゴールデンラズベリー賞で最低作品賞、最低監督賞、最低脚本賞、最低女優賞、最低新人賞(最低女優賞と最低新人賞はトレイシー・ツーを演じたアリアーヌ・コイズミに対するものである)5部門にノミネートされた。 [7] 。 その一方で、セザール賞最優秀外国語映画賞にノミネートされ[8]ジョン・ローンがゴールデングローブ賞助演男優賞に、デヴィッド・マンスフィールド作曲賞にそれぞノミネートされた[8]

脚注 [編集]

  1. ^ なお、この表示はアメリカ版VHSおよびケーブルテレビでの放送で表示されたが、2005年にリリースされたリージョン1のDVDでは表示されない

出典 [編集]

  1. ^ Year of the Dragon (1985)” (英語). Box Office Mojo. 2010年6月2日閲覧。
  2. ^ a b c Dirks, Tim. "The Most Controversial Films of All-Time - Part 14: 1980s". Greatest Films. Retrieved 10-29-10.
  3. ^ Garbarino, Steve (March 2002). "Michael Cimino's Final Cut". Vanity Fair. Retrieved 2010-08-27.
  4. ^ Tse, Mariko (September 1, 1985). "The Dragon Is Unreal". Los Angeles Times. Retrieved 2010-06-10.
  5. ^ Kael, p. 35
  6. ^ Camy, Gérard; Viviani, Christian (December/January 1985-1986). "Entretien avec Cimino" (in French). Jeune cinéma (n171).
  7. ^ Wilson, John (January 2, 2002). "1985 Archive of 6th Annual RAZZIE Awards". Razzies.com. Retrieved 2010-05-25.
  8. ^ a b "Year of the Dragon (1985) - Awards". IMDb. Retrieved 2010-06-13.

外部リンク [編集]