クロード・アヴリーヌ

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クロード・アヴリーヌ
Claude Aveline, 1989.jpg
1989年撮影されたアヴリーヌ
ペンネーム Evgen Avtsine、Minervois
誕生 クロード・アヴリーヌ
1901年7月19日
フランスの旗 フランスパリ
死没 1992年11月4日(満91歳没)
フランスの旗 フランスパリ
職業 小説家詩人
ジャンル 小説、詩
サイン Claude Aveline (signature).jpg
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クロード・アヴリーヌClaude Aveline1901年7月19日 - 1992年11月4日)は、フランスパリ出身の小説家詩人、フランスのレジスタンス(en:French Resistance)のメンバー

1937年ルイ・デリュック賞の審査員、1968年に開催される予定だった第21回カンヌ国際映画祭の審査員を務めた。

生涯[編集]

1901年7月19日、フランスのパリにユダヤ人であった両親の元に生まれるが、人種差別を逃れるためにロシアへ移住した[1]

1905年にフランスの国籍を家族全員で取得し、アヴリーヌはパリのen:Lycée Henri-IVで学んだ。

1915年にはパリの大学に在学している時、ボランティア第一次世界大戦メディックを務めた。

1918年から1919年にかけてカンヌの近くに住み、作家活動をする。

1919年、アヴリーヌのマガジンに掲載され、フランスの詩人、小説家、批評家であるアナトール・フランス友人になり、メンタリングとなった。

1920年にパリに戻り、1922年に自分自身の出版社を設立し[2]、フランスで最も若い出版社と呼ばれた[3]

1923年、アヴリーヌが病気の療養中のためフォン=ロムー=オデイヨ=ヴィアにいた時、後に映画監督となるジャン・ヴィゴと親しくなる。

1929年に回想記『夜明け』を著し、1930年から1955年にかけて全三部作からなる大河小説『フィリップ・ドニの生涯』を著した。

1937年にルイ・デリュック賞の審査員を務める。

第二次世界大戦時にはフランスのレジスタンスに参加し、1952年にはイタリア賞を受賞した。

1968年に開催される予定だった[4]第21回カンヌ国際映画祭の審査員を務めた。

1974年より回想録を著し、1992年にパリで亡くなった。

なお、日本に於けるアヴリーヌの著作はフランス文学者翻訳家である三輪秀彦河盛好蔵俳人、詩人、評論家安東次男により翻訳され、出版されている。

脚注[編集]

  1. ^ Schoenbrun, David (1980). Soldiers of the night: the story of the French Resistance. Dutton. http://books.google.com/books?ei=t_VETN2KBo66OOna2LkI&ct=result&id=lWhkAAAAMAAJ&dq=%22claude+aveline%22jew&q=%22was+a+jew%22. 
  2. ^ Fouché, Pascal (1983). Au sans pareil. Bibliothèque de littérature française contemporaine de l'Université Paris 7. http://books.google.com/books?ei=EyhHTNuQB9vNjAf12Oz2Bg&ct=result&id=GgoVAQAAIAAJ&dq=%22avait+cr%C3%A9%C3%A9+sa+maison%22+aveline&q=%22avait+cr%C3%A9%C3%A9+sa+maison%22#search_anchor. 
  3. ^ ジョルジュ, デュアメル (1951). Chronique de Paris au temps des Pasquier. Union latine d'éditions. http://books.google.com/books?ei=WwNHTMrhH4yTjAeAmJD1Bg&ct=result&id=N6cZAAAAIAAJ&dq=%22jeune+editeur%22+claude+aveline&q=plus+jeune. 
  4. ^ カンヌ国際映画祭粉砕事件が起きたため、中止となった。

参考文献[編集]