キャブ・フォワード型蒸気機関車

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キャブフォワード型機関車。
ドイツで使われたAltona 562機関車

キャブ・フォワード型蒸気機関車蒸気機関車の形態の1つ。

概要[編集]

キャブ・フォワード型とは、英語で書くとCab Forward、すなわち「運転室が前にある」(キャブはキャビン=運転室の略)となる。

キャブフォワード型機関車の設計は主に2つある。1つはドイツで使われたもので、テンダー機関車前部に運転席を設けたもので、主に石炭を燃料にする。

もう1つはアメリカで使われたもので、テンダー機関車の機関車部分をそのまま逆に連結し、重油専用の機関車とすることで運転室(キャブ=キャビン)を車両前方に移したもの。 重油専燃とすることにより炭水車(テンダー)と火室を分離することが可能となった(重油なら石炭と違いパイプを車両前部まで延長すればいいだけ)。

イタリアで使われたものは、石炭を燃料とするタンク機関車を通常とは逆の方向に走らせるもので、後部に水槽車 をテンダーのようにつないでいたことからキャブフォワード型に分類される。

どのタイプにせよ、運転室を最前部に設けることにより機関士は煙害から免れることが出来、また良好な前方視界を得た。

初めてキャブフォワード型が使われたのは1902年のイタリア国鉄で、それ以降20世紀前半から中期にかけ、ヨーロッパやアメリカのカリフォルニア州の山岳地帯のトンネルが多い線区で使用された。

日本では国鉄E10形が唯一の例である。

実績[編集]

以下に主なものを記載するが、これ以外にもキャブフォワード型の蒸気機関車は少ないながら存在した。

イタリア国鉄[編集]

最初にキャブフォワード型が採用されたのが、現在のフェッロヴィーエ・デッロ・スタート(当時のイタリア国鉄、略称FS)であった。

4-6-0の車軸配置(先輪2軸、動輪3軸、後輪なし。日本国鉄式だと2Cにあたる)を持つ670・671・672型と、0-10-0の車軸配置(先輪なし、動輪5軸、後輪なし。日本国鉄式だとEにあたる)を持つ470型の、合計で4両のキャブフォワード型機関車が製作された。 愛称はMucca(雌牛)。

後部にタンクを牽引しているが、この中には水しか入っていない。 石炭は機関車内部の運転席後方に詰まれており、テンダー機関車とタンク機関車の中間的な構造をしていた。

最高速度は時速110kmで、イタリア国鉄の東海岸線en:East Coast Main Line)で旅客列車の牽引に使われた。

サザンパシフィック鉄道[編集]

イタリアで使われたものとは違い、アメリカのサザンパシフィック鉄道で使われたのは、テンダー機関車の機関車部分をそのまま逆さに連結したものだった。

サザンパシフィック鉄道は山岳地帯にあり、39の長いトンネルと、約64km(40マイル)にも及ぶスノーシェッドの影響で、窒息する機関士もいた。そのために最初は機関車を逆に連結してバック走行することもあったが、速度が制限され、また機関士と機関助手(副機関士)の座る位置が通常と逆になる弊害もあった。その問題を解決するためにサザンパシフィック鉄道は、ボールドウィンに問題の解決を依頼した。その結果作られたのがこのキャブフォワード型機関車であった。

カリフォルニア鉄道博物館のAC-12型4294号機のキャブ前面

このサザンパシフィック鉄道のキャブフォワード型機関車は、サザンパシフィック鉄道の現状に対処するため設計されたものであり、アメリカの他の路線では必要がなかったため用いられなかった。そのため、珍しい形をしたキャブフォワード型機関車は、当時のサザンパシフィック鉄道の象徴とも言える存在だった。なおこの当時のキャブフォワード型機関車の1つ、タイプ「サザン・パシフィック4294」が、サクラメントにあるカリフォルニア州鉄道博物館に保存されている。

サザンパシフィック鉄道で作られたキャブフォワード型機関車の中には、シリンダー4つ(片方あたり2つ)を持つ4-8-8-2(先輪2軸、動輪4軸・4軸、後輪1軸)という、巨大なキャブフォワード型マレー式機関車も存在した(英語版に画像あり)。 このような巨大な機関車でも、燃料に石炭を使わず重油のみとしたので、重油を送るパイプを機関車前部まで伸ばせばいいだけだったので、前方視界は良好だった。 なお上り坂でも水や重油がちゃんと前に送られるよう、タンク内部は加圧されていた。

ただこの方式も、他の方式では起こらなかった問題が起こった。 1つは、機関車が何かに衝突した場合、機関車の最前部にある運転室が被害を受ける。そのために機関士や機関助手が危険に晒されやすいという懸念が、サザンパシフィック鉄道の鉄道員たちの間にあった。

もう1つは、通常の(キャブフォワード型でない)重油を燃やす蒸気機関車の場合、後ろのタンクから送られた重油は運転室を通り、ボイラー内部に噴射される。重油の通るパイプは短く、しかも重油が動輪より前になることはないため、問題なく運行できた。 しかしキャブフォワード型は、後部のタンクから送られた重油が、車両最前部の運転室まで導かれ、ボイラーに噴射される。重油の量を調整するバルブは運転室に設置する必要があったためだった。 しかしこの方式は確かに視界は良好だったが、重油を送るパイプが長く、またその一部が動輪の上や前を通る。 そこから漏れた重油がレールや動輪に滴り落ち、上り坂で動輪が滑って思うように機関車が進まない問題が発生した。

後者の問題が最悪の形で現れたのが1941年のことだった。 ロサンゼルス近くのサンタスザーナ山のトンネルで、登坂のため低速で走っていた列車がレール上に垂れていた重油でスリップし、坂を上れず機関車が後退を始め、連結器が壊れてブレーキを制御するエアホースが破断し、空気が漏れたことで列車は緊急ブレーキがかかってトンネル内で停止した。さらに列車付近に急速に蒸気と煙が充満し、ボイラーが蒸気圧の異常上昇で破裂し機関車が破壊された。そして機関車から漏れ出た重油にボイラーの火が引火し火災が発生、機関士が死亡した。

ドイツ[編集]

ドイツで作られたキャブフォワード型は、また一風変わったものがあった。

Altona 561機関車

例えばAltona561機関車は、2-2-2(先軸2輪、動輪2輪、後輪2輪)の軸配置をしていたが、これは先端が流線型になっており、ボイラー全体がカバーで覆われていて、一見しただけでは蒸気機関車のように見えない奇抜なデザインをしていた。 またこの後のAltona562は、ボイラーがカバーで覆われているようなことはなかったが、通常の機関車にある運転席のほかに、最前部にも運転席があるデザインであった。

内部はどちらも同じで、最高速度は時速137kmに達した。

この2つの機関車は、シリンダーが3つある3気筒方式で、1600馬力ほどあり力は強かったものの、整備性が悪かった。 イタリア国鉄やサザンパシフィック鉄道の同機関車がシリンダーが後ろにあったのに対し、これらドイツで作られた機関車はシリンダーが前にあった。つまり通常の蒸気機関車に運転席を増設したものであった。 当初は燃料として粉炭を風でボイラーに送り込む方式を使用していたが、後に通常の石炭を運転室まで送り、運転室から機関士がボイラー内に投入する方式に改められた。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]