マレー式機関車

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マレー式蒸気機関車

マレー式機関車: Mallet locomotive)は、関節式機関車の一様式で、一方の走り装置は車体の下に固定されており、もう一方の前側の走り装置が進行方向に沿って首を振るようにした構造のものである。スイスの技師アナトール・マレーによって発明された。

構造[編集]

1個のボイラーを有し、ボイラーの下に2組の走り装置シリンダー動輪など)を備えている。シリンダーは高圧と低圧の2種を前後2組備えており、合計4つのシリンダーを持つ。

後方の走り装置には高圧シリンダーを装備し、前方の走り装置には低圧シリンダーを装備する。ボイラーで作られた蒸気はまず後方の高圧シリンダに送り込まれてピストンを駆動し、続いてその蒸気が管を通り低圧シリンダーに送り込まれてピストンを駆動してから排出される。このため、複式機関車の一種でもある。

後部の高圧シリンダーを備えた台枠は普通の機関車と同様にボイラーに固定されているが、低圧シリンダーを備えた前部台枠は後部台枠とは左右に首を振る関節でつながれ、曲線に沿って首を振る構造となっている。ボイラー前部の荷重は左右にスライドするベアリングにより前部台枠に伝えられる。

アメリカでは大型高出力機関車の要求が大きかったため、マレー式の台枠構造を取り入れた機関車が多数作られたが、これらの多くはボイラーで作った蒸気を直接4つのシリンダに供給し、そのまま蒸気を排出する単式蒸気機関車(シンプルアーティキュレーテッド=単式関節形蒸気機関車)である。これは外観は複式のマレー式機関車に類似しているが、厳密にはマレー式ではない。しかしながら他に名称がないためマレー式と呼ばれることも多い(複式との区別のため単式マレーとも呼ばれる)。

特徴[編集]

利点[編集]

1両の機関車に2両分の走り装置を持つため、出力は大幅に向上する。動輪数が多くできることから、出力の割に軸重を抑えることができ、さらに空転が生じにくい。また、動輪数の割に固定軸距を短くできるため、軌道に与える横圧が小さく、急曲線に対応できる。輸送力の大きい路線や勾配路線に向き、ヨーロッパ、アメリカで発展した。

短所[編集]

走り装置が2組になるだけでなく、複式の場合は高圧シリンダから低圧シリンダへの配管が必要になることもあり、構造が複雑で製造費が高く、保守点検が困難である。

日本でもマレー式機関車が輸入されたが、このような短所が問題視されたため、急曲線、山岳線などが多いにもかかわらず、短期間の使用に終わった(詳細は後述)。

日本での導入例[編集]

日本においては、1903年(明治36年)にドイツのマッファイ社が0-4-4-0(B+B)形のタンク機(後の鉄道院4500形)を持ち込んだが、普及することはなく、しばらく途絶えていた。その後、東海道本線東北本線などの輸送量は増大していたが、箱根越えなど長距離にわたって20の勾配が連続する区間があり、輸送上のネックとなっていた。そこで考えられたのが、電化を行なって電気機関車を導入するか、軌道を強化してより大型の蒸気機関車を導入するかということであったが、いずれも多額の費用が必要であった。そのような状況下でアメリカン・ロコモティブ(アルコ)社の日本における代理店である三井物産が強力で軸重の軽いマレー式機関車を売り込んできたため、1911年、試験的に6両を輸入することとなった。これが9020形である。

1912年にアルコ社製の9750形、アメリカ・ボールドウィン社製の9800形、ドイツ・ヘンシェル社製の9850形が計54両輸入され、東海道本線(現・御殿場線山北 - 沼津間などの急勾配区間で使用された。これが日本で唯一のマレー式機関車の本格採用例であった。しかしその後の増備はなく、1933年までに全廃されている。

欧米の導入例[編集]

アメリカでは上記のように大型機関車への解答として採用された。世界最大の蒸気機関車ユニオン・パシフィック鉄道4000形蒸気機関車(ビッグボーイ)がシンプルアーティキュレイテッドとして有名。

山岳地帯を走るサザン・パシフィック鉄道では巨大なキャブフォワード型マレー式機関車も使われ、同鉄道の象徴となっていた。

ヨーロッパでは線路規格が低く輸送量の多い狭軌軽便線に使われることが多かった。

関連文献[編集]

関連項目[編集]