エレクトロライナー

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エレクトロライナーのイラスト
イリノイ鉄道博物館に復元保存されているエレクトロライナー

エレクトロライナー (Electroliners) は、シカゴ - ミルウォーキー間で営業していたシカゴ・ノースショア・アンド・ミルウォーキー鉄道英語版(通称:ノースショアー線)で運転された高速急行用インターアーバン電車の名称である。

概要[編集]

この電車はセントルイス・カー・カンパニー1941年に製造された4車体連接構造流線型電車で、電装関係は全てウェスティングハウス社が担当している。その駆動装置にナタール社と共に開発したカルダン駆動の一種である最新式のWN駆動を採用した点が特筆に価する。2編成が製造され、それぞれ801-802、803-804の車両番号が与えられた。

流線型の2両の先頭車の間に2両の中間車を挟んだ4両で構成され、各車両間は連接構造となっていた。客用扉は両端の車両にあり、客車内は、普通席30席、喫煙席10席、休憩室に分かれていた。客用ドアには階段が付いており、高い専用ホームと低い路面停留場の高さの違うホームからも乗降できた。中間車は40席の座席車と、テーブル付26席のラウンジカーであった。また、先頭車の連結器は収納式で、牽引時のみ引き出して使用した。

エレクトロライナーの外観はパイオニア・ゼファーに影響された物で、流線型をしているが、最高時速140km程度で、従来の機関車列車より特に高速という訳ではなかったが、小回りの利く小編成の高速列車として活躍した。

鉄道友の会参与白井昭は、エレクトロライナーのおよそ15年後に製造され日本の高速電車の先駆けとなった小田急ロマンスカーSE車について、この電車が影響を与えた可能性を指摘している[1]

リバティーライナー[編集]

1963年1月シカゴ・ノースショア・アンド・ミルウォーキー鉄道での運行が終了すると、エレクトロライナーはレッドアローラインズとして知られるフィラデルフィア・サザン・トランスポーテーションへ2編成とも売却され、リバティーライナーとして運行された。トロリーポールと階段は撤去され、ドアが中間部に追加された。フィラデルフィア・アンド・ウェスタン鉄道は第3軌条式を使用しているが、エレクトロライナーは製造当初よりシカゴ市内の”L[2]区間乗り入れのために集電靴を装備していた。801-802編成は「バレー・フォージ」(Valley Forge),803-804は「インディペンデンス・ホール」(Independence Hall)と呼ばれた。

1976年に退役した。

保存[編集]

イリノイ鉄道博物館の収蔵庫内で動態復帰を待つエレクトロライナー

エレクトロライナー801-802は1960年代の初期の状態に復元され、イリノイ鉄道博物館英語版に保存されている[3][4]。この保存車について、同博物館ではエレクトロライナーのデビュー75周年を迎える2016年動態復元させることを目指しており、公式サイト上で一口25ドルより寄付を募っている[5]

エレクトロライナー 803-804,はペンシルベニア州オービソニアにあるロックヒル・トロリー博物館にリバティライナー「インディペンデンス・ホール」として保存されている。

関連商品[編集]

Con-CorからHOスケールで、MTHからOスケールで発売されている。かつて真鍮製品が複数の会社から発売されていた。

脚注[編集]

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  1. ^ 白井昭. “鉄道技術史 エレクトロライナーとSEの関係”. 2014年12月21日閲覧。
  2. ^ シカゴ中心部の高架区間のこと。
  3. ^ Illinois Railway Museum (2005年11月25日). “History of the IRM - Restoration”. 2007年5月27日閲覧。
  4. ^ Illinois Railway Museum (2005年11月25日). “History of the IRM - History”. 2007年5月27日閲覧。
  5. ^ Illinois Railway Museum. “$25 Donation - North Shore Line Electroliner”. 2014年12月21日閲覧。

外部リンク[編集]