パイオニア・ゼファー

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パイオニア・ゼファー(Pioneer Zephyr)とは、かつてアメリカ合衆国で一世を風靡した流線型の高速列車である。

保存中のパイオニア・ゼファー
展望室部分
イリノイ州East Dubuqueに到着するバーリントンゼファー
シカゴのユニオン駅に到着したバーリントンゼファー

概要[編集]

ディーゼルによって推進するステンレス製の車体は先進的で乗用車の普及、性能向上により、当時、既に徐々に衰退しつつあった米国の旅客輸送に希望を与える物であった。

ステンレス製の車体は1934年シカゴ・バーリントン・クインシー鉄道(Chicago, Burlington and Quincy Railroad 略称CB&Q)向けに製造された。この車両を特徴付けるステンレス鋼の使用した車両はゼファー(Zephyr)と名づけられ、元々は米国における旅客輸送を宣伝する道具であった。車体間はJacobs bogies台車による連接式で結合されていた。

製造工程では軽量化の為、ステンレス鋼の接合に当時としては革新的なスポット溶接を使用していた。

歴史[編集]

登場の背景[編集]

1930年代、米国は世界恐慌の影響で企業は資金繰りに苦しみ、貨物輸送が減っていて人々の購買力も落ちていて遠距離の旅行は控える傾向にあった。たとえ彼らに旅行する為のお金があっても、旅客輸送に用いられる機器は19世紀半ばから殆ど進歩していなかった。

鉄道会社は大衆の旅行に新しい時代が到来した事を訴えかける画期的な手段を必要としていた。

グレート・ノーザン鉄道機関車牽引によるパイオニア・ゼファー・ワンは再び、大衆が旅行に関心を持つ事を意図して投入された。社長のバッドにとって列車を名づける事はとても重要な作業だった。彼はZで始まる名前を求めていた。なぜなら旅客輸送において文字通り"最終"だったからだ。バッドと従業員達は辞書から最後の語を探し、候補に上がった。いくつかの候補の中で"ゼファー"はバッドの思い描く列車のイメージにぴったりだった。

1932年、ラルフ・バッドは自動車用の鋼材会社であるバッド社の創業者であり、社長であるエドワード・G・バッド(親戚ではない)に会った。エドワード・バッドはステンレス製の気動車の試作品を実演した。ステンレス鋼は従来の木や圧延鋼に対して、軽量で無塗装でも錆びる心配が無いなど従来の素材に比べ多大な利点がある事が判明した。

問題は如何にして車体を製造するかだった。どちらの会社にもこれまでに鉄道の車体をステンレス鋼で生産した経験は無かった。それまで通常の鋼材ではリベットで接合していたが、ステンレス鋼では高電流を流してスポット溶接する事で解決した。

外観は航空機技術者出身者だったアルバート・ガードナー・ディーンが設計し、彼の兄にあたるウォルター・ディーンがデザインした。最初のゼファーはバッド社で1934年4月9日に完成した。8気筒、600馬力(447kW)で, ウィントン社の8-201-A型ディーゼルエンジンを搭載していた。

保存について[編集]

シカゴ科学産業博物館では1994年まで外に置かれていた。イリノイ鉄道博物館に寄贈されたSanta Fe #2903蒸気機関車と入れ替えられて屋内に展示されている。

模型について[編集]

米国の鉄道史に於いて燦然と輝く一時代を築いたゼファーは多くの会社から模型化されている。